022 7月9日
「………………なに、これ」
少女と同じ部屋で眠るのは今日を入れて四回目。
いい加減この現実に慣れ始めた頃、不可解な事件が起きた。
この部屋で超常現象が起きたとかそういうオカルトな話では当然ない。
他者から見ても、この部屋に特段変わった様子は見当たらない。
だったら何が起きたのか。
床についてから数時間後。
奇妙な暑苦しさに目を覚ましてみると、俺の隣で侑子が眠っていた。
今までは隣と言っても、人が二人ほど入れるほどの隙間が空いていたが、今現在の侑子は完全に俺の隣ですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
――――俺の腕を枕にして。
「………………ふぁふ……ふふふ。慶介さぁん……こんなに大きくして……もぅ……しょうがないですねぇ……」
思わず眠っている顔面に手刀を食らわそうとしてしまいそうになってしまうほど愚かな寝言をのたまっていたが、鼻腔を刺激するスミレの花にも似た女の子特有の芳香が脳内麻薬に化学変化を起こし、それを制止。
……こいついつもこんな寝言言いながら寝てんじゃねーだろうな、と。突っ込んでいる場合ではない。
と、とりあえず状況の整理だ整理。
まず、どうしてこうなったか。
眠る前はいつも通り背中合わせで距離を開けて眠った。それは間違いない。
だったら何があったのか。
「………………………………すいません、ちょっと……トイレに」
「……………………んぁ?」
丑三つ時。
幽かにに聞こえた侑子の声。
眠たすぎてそれが何を言っているのかは分からなかったが、俺は軽く返事をしたような気がする。
「………………………………ただいま、…………でふ」
侑子の声と共にどさりとした何かが転がる音が聞こえたと思ったが、やはり意識はまどろみの中心から帰ってくる気配を見せずに、そのまま闇の中に再び引きずり込まれる。
「…………………………んふー」
………………ま、まさか……?
あの音は侑子が寝惚けて俺の布団に倒れこんだ…………音?
あの出来事は夢の中の出来事なんかじゃなくて、現実にあったこと!?
な、何なんだ今日は……。
あの出来事から数えて二回目。
どうして今日はパンツを覗いてしまったり、侑子が俺の腕枕で眠ったりと色々と起きてしまうんだ。
などと頭を抱えている場合ではないことを侑子のあどけない寝顔を眼前にして、思い出す。
「(くそ……こいつ俺の気苦労なんか知らないでぐっすり眠りやがって……)」
しばしその寝顔を見ながら逡巡。
「(……よし、決めた)」
叩き起こすかこのままにするかを一考した結果。
「(……運ぶか)」
何も無かったということを偽装することにした。
偽装とは言うものの、嘘を偽ろうという訳ではない。侑子を起こさないようにして元の布団の上に戻すだけだ。
それが誰も傷つかない全てを穏便に済ませる唯一の方法。
とりあえず最初に、侑子の下敷きになった自身の左腕の救出に着手。侑子の首の裏から背中の方へ腕をずらす。
「んっ」
「――――――――!?」
侑子の艶かしい声に全身がびくっとする。
起こしてしまったかと思ったが、侑子に覚醒の様子はない。
ふーっ。びっくりさせるんじゃねーよ。
とりあえずセーフ。
俺はそのまま左腕をそーっと侑子の背中から引き抜こうとする。
「んんっ……っ」
またも漏れる侑子の声。
声に驚いて背中の脊髄辺りで手が埋まる。上にも下にも左右にも動かすことが出来ずどうしたものかと考え、
「(…………仕方ない)」
唇を一度小さく噛んでから行動に移す。
背中に埋もれた手が動かせないのならば体の方を動かすしかない。
右腕を侑子の白い太ももの下へ潜らせる。今日はスカートのまま眠ってしまっていたため、柔肌の触感がストレートに右腕に伝う。つきたての餅のような柔らかさと弾力に俺は意識を持っていかれそうになる。
「(ぬ…………お……っ……)」
侑子を抱きかかえると左腕の位置が中途半端な所にあったため、バランスを崩しそうになる。
慌てて左腕を奥に挿入。
「ふぁ……ん」
深く挿入した途端に漏れ聞こえる声に抱きかかえた侑子の顔に視線を移す。
お姫様抱っこのまま侑子はすやすやと寝息を立てて、とても気持ちよさそうに眠っている。
……ったく、人の気も知らねーで、よ。
何かを言ってやろうかとも思ったがその寝顔を見て毒気が一気に抜け落ちる。
眠るために侑子はメガネを外している。普段じゃお目にかかれないようなあどけない顔に俺は無意識の内に頬が緩んだ。こんな顔をしていたのか、とまじまじと凝視。
しばしして、
「(…………いかんいかん。いつまでも見ててもしょうがない)」
頭を軽く振ってから、慎重に闇の中を歩く。
侑子の体を寝かせてから、目にかかった前髪を手櫛で優しく梳いてやる。初日の売春婦のような印象とはまるで違う無垢な寝顔を見て、やはりこの子の寂しさを埋めてやりたいと再認識する。
この子はそれを望んでいないかもしれない。俺の勝手な自己満足かもしれない。そのことが原因でこの子との関係性が壊れてしまうかもしれない。
それでも。
どうにかしてやりたいと思う。
「(……ほんと、何でこんなもん抱え込んじまったんだろーな……)」
口から零れ落ちた自分の言葉を自分で聞いて俺は思わず苦笑する。
同情か。それとも――――
いや、ありえないか。
俺は頭の中を過ぎった答えを否定するようにして、侑子にそーっと毛布をかけてやる。
「……………………ん」
「あ」
と、そこで。
俺が侑子に毛布をかける寸前。ちょうど侑子の肩の位置に毛布がかかろうとした瞬間。
侑子が目を覚ました。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、侑子は俺の顔をじっと見る。
顔と顔の距離、約二〇センチメートル。
眠っている女子高生の毛布をかけてあげている訳なのだが、前後の状況をまるで知らない第三者がこの状況を見て何と言うか。それを少しシミュレート。
眠っている女子高生の毛布を剥ぎ取って、今にも襲おうとしている職業アルバイトの二六歳の男性。
完全にアウトであった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
いくら感情を表に出さない少女でも駄目だったらしい。
甲高い黄色い叫び声と共に飛び跳ねる。
何も悪いことをしていないのに、何故か罪悪感が我が身を苛み、苦しめた。
「ええええええっと……あれだ、その」
ぱくぱくと口を開閉して見るからに狼狽する少女を前にして、俺はどうしていいかも分からずに。
この後、めちゃくちゃ土下座した。




