015 7月7日
「…………うっ」
毛布を頭から被り、何度か寝返りを繰り返してみたが先ほどの睡魔が襲ってくる気配は無い。
……眠れない。
……いや、落ち着かないと言った方が正しいのかもしれない。
シャワーを浴び終わった俺は何の気なしに、
「お前もシャワーぐらい浴びれば」
と侑子に声をかけた。
昨夜は二人ともシャワーを浴びずに眠ってしまったし、ついさっき浴槽の中を覗いた時、シャワーが使われた形跡が見受けられなかったのでおそらく侑子はシャワーを浴びていなかったのだと思う。
流石にこの季節にシャワーを浴びないでいる女の子もどうかと思ったので本当に他意ゼロパーセントでそう侑子に伝えたのだが。
何故か侑子は部屋の壁にテープで自分で書いたピンク色の短冊を貼り付けているポーズのまま固まってしまった。
「……はい」
という控えめな侑子の声に俺は首を傾げるしかなかった。
そして現在に至るという訳である。
浴槽と居間を区切る扉は無く、俺の耳にはダイレクトに侑子の服を脱ぐ音が聞こえてきた。布が擦れる音というものは意識すればするほど鮮明に聞こえ、耳を塞いでも目を閉じても、脳内に直接響く。
浴槽の扉が開く音。
浴槽の扉が閉まる音。
シャワーが流れ落ちる音。
意識して聞かないようにすればするほどその音は鮮明に、クリアに聞こえてくる。
……先に言っておくが、これから何かがある訳では当然ない。
何もある訳がない。ただ、一日の疲れと汚れを洗い落とすだけ。
たったそれだけのことなのに、どうしてこうも緊張してしまうのだろうか。
……ああ、駄目だ。緊張すればするほど浴槽内の音がはっきりと聞こえてきて、今何をしているのかが想像出来てしまう。
侑子は髪から洗うタイプなのか。ひたひたと足裏の張り付く音が聞こえてくる。そしてその足音を消すように泡を洗い流す音が聞こえてきた。
意図せずのこととは言え、昨晩の半裸に近い侑子の姿が脳裏に浮かぶ。
脳裏に浮かんできた映像はこと鮮明に現在の侑子の姿を妄想させ、白いうなじに長い黒髪が張り付く姿や小さな胸の間をお湯が流れ落ちる光景までもが鮮明に浮かんできてしまう。
……あいつひたすら地味なんだけど、可愛いんだよなぁ……。
「………………のわぁ!?」
たまらず呻いて、体を起こす。
変態か俺は!?
意識すれば意識するほど自分の変態度が上がっていくのを感じ、更に睡魔が遠のいていく。
と。
葛藤に苛まれている間、浴槽の扉が開く音が聞こえた。
「――――――――――――――っ!?」
途端、
ドッドッドッ、と。心臓の音が高鳴る。
子供相手に欲情なんかするはずないのに、勝手に心臓の警鐘が鳴り響く。
これじゃまるで俺が何かを期待しているみたいではないか。
何も無い。何もある訳が無い!
息を殺し、毛布を頭から被って気配を殺す。殺すと言っても毛布を被っているのは大の大人なので、傍から見れば丸分かりなのでほとんど意味がないのだが、そのことに気を配れるほど今の俺には余裕が無かった。
毛布の中に聞こえてくるひたひたという小さな足音。ぎゅっと目を瞑る。
音は徐々に近づいてくる。
ひた、と。その音は俺の耳元で停止した。
「……慶介さん?」
毛布の隙間から入り込んでくる石鹸の匂いに頭がクラクラする。
「……寝ちゃいましたか?」
侑子の方から声をかけて来てくれたおかげでアルコールとも違う陶酔感が若干だが薄れていくのを感じた。
「……寝てる」
「……うそつき」
明らかな嘘に俺は観念して毛布から顔を出した。
「やっぱり起きてるじゃないですか」
「……うるせー」
色々と事情があんだよ。事情が。
その事情の内容を話すことは絶対に出来ないのだがな。
でも、少しだけ落ち着いた。やはり意識していると駄目らしい。
俺のとある事情など露知らずな侑子はきょとんとした瞳を俺に向けて長い黒髪をタオルで拭きながら首を傾げる。
「いいお湯でした。今度は風呂桶を洗っておきますから、また入ってもいいですか?」
「え、あ、ああ。別に構わないけど……」
「ありがとうございます」
居心地が悪そうに顔を赤くする俺を尻目に、侑子は終始不思議そうに俺を見つめていた。
少女との二日目の夜が、終わる。




