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013 7月7日

 俺は再び公園のベンチでもくもくと空を白く濁らせる煙をぼーっと眺めていた。

 バイトの時間とか完全に嘘だった。見栄だった。照れ隠しだった。

 バイトの始まる時間まで六時間以上もある。

「お? いたいた。やっぱりここにいたか高坂くん」

 半日以上も暇を持て余して、今日二本目の煙草を噴かしていた俺の耳に聞き慣れた呼び声が響く。はたとベンチに寄りかかったまま背後を確認。するとそこにはコンビニにいるはずの店長がこちらに向かって歩いてきていた。

「あ、店長。お疲れ様です」

 彼の名は伏見悠一(ふしみゆういち)。俺がバイトで働いているコンビニの店長だ。若い頃に色々苦労したらしく、俺よりも歳が二つも下なのにコンビニで店長として働いている。完全に俺よりも勝ち組の人間。

「エプロン付けてるってことは仕事中ですよね? いいんですか抜け出しても」

「人をサボってるみたいに言うんじゃないよ」

 この人は俺が年上だからと言って敬ったりはしない。立場は完全に俺より上だし、何より要領がいいのでそんなことをする必要がないと何となく察してくれている。

 いい人に間違いはないのだが、何となく俺はこの人が苦手だ。

 あくまで苦手。嫌いとまではいかない。

 この人自体が何か悪いわけではない。ただ、何となくあいつ(ヽヽヽ)に似ているから、無意識の内に距離を置いてしまう。悪者がいるとするのならば、それは俺だろう。

「抜け出したのもちゃんと理由があるし、抜け出した穴は他の店員に任せてあるから大丈夫だよ」

「理由?」

「うん。キミにね、ちょっとお願いがあってね」

「お願い?」

「高坂くんはこれから用事とかあったりする?」

「別にないですよ。あったらこんなとこでぼーっとなんかしてませんし」

「ははは、確かに。でも珍しいね高坂くんが煙草なんて。喫煙者だっけ?」

「いや、あんまり吸う方じゃないですね。たまにぐらい。酒は毎日飲んでますけど」

「知ってる。何せ、ウチの店で毎日買ってるし」

 あのコンビニは品揃えがよく、食品以外にも酒や煙草、深夜は人不足で販売していないが薬品なども置いてある。このコンビニを知っていれば金がある限り死にはしない。

「それでね高坂くん。お願いっていうのはね、キミにバイトの時間を昼に変えてもらいたいんだ」

「昼に?」

「そうそう。この前雇った新人の子がね、結構愛想が悪くて困ってるんだ」

「愛想ですか」

「うん。ウチってさ結構広い通りの場所にあるでしょ? だから結構学生さんとか色々若い子も来るんだよね。そういう人たちって大人よりも繊細だから店員の態度とかも結構気になるらしくてさ、クレームが入ったんだ」

「なるほど」

「でね。その子の教育期間を設けたんだ。とりあえず期間は一週間。改善が見られないようならクビ。そういう条件を付けて深夜に回してもらって話をつけたんだよ」

「その子の代わりに俺が昼に出るってことですか?」

「おー、流石に大人は話が早いね」

 あらかた言い終えると伏見は俺の答えを待つようにして沈黙。こういうところも気が利いて大変よろしい。

 別に深夜にバイトをしていることにこだわっているわけではない。単純に深夜の方が時給がいいという理由だけなので断る理由も特段見当たらない。

 あ、でも一つ気になることがあるな。

「入るのは別に構わないんですけど、深夜も入れとかそういう横暴なのはないですよね?」

「もちろん。だから言ったでしょ。その子の代わりに入る訳だから、時間を入れ替えるだけ。時給も一緒。その子は研修期間みたいなものだから元々時給は低めにしてたしね」

 だったら問題ないのか。

 それに都合がいいとも言える。成り行きとはいえ、少女と同棲生活を余儀なくされている身としては深夜に少女を一人家に残すというのもはばかられる。だったらバイトの時間を昼にして夜に帰るように出来れば、こちらとしても安心出来る。

 断る理由はないか。

「いいですよ」

「本当かい? ありがとう」

 俺が承諾すると伏見は安堵したように胸を撫で下ろす。別にそんな大したこともしていないのにそんなに喜ばれるとこっちがむず痒くなる。

「でもそんなことを頼むぐらいだったら電話してくれれば聞きましたのに」

「そうはいかないよ。いくら上司とは言え、頼みごとをするのならちゃんと会って話さないとね」

 こういう所は似ていない。上の立場であろうと礼儀を重んじる。こういう所が苦手な所でもあるが。

「……とりあえず店長は店に戻ったらどうですか? 結構話し込んじゃいましたし」

 言われて伏見は右手の腕時計に視線を落とす。

「ああっ! 本当だ」

 焦る伏見を尻目に俺は言う。

「昼からのバイトって今日からですよね?」

「え、ああ。そうしてもらえるとありがたいんだけど」

「店長は先に帰っててください。俺、この煙草吸い終わったらすぐに追うんで」

「じゃあ頼んだよ高坂くん!!」

 一声かけると伏見は公園の中を走り去っていく寸前、一度伏見は足を止めた。

 ……何だ? こっちを見た?

 その挙動を訝しく眺めていると、俺が見ていることに気が付いたのか伏見は再び足を動かして走り去る。

 俺はその後姿を眺めながら一服。煙を吸い込んでから思い切り吐く。

 さて。働きますかね。

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