図書館 アゼリア視点
本日二話目!
冬の寒さも随分と弱まり、暖かさを感じる日差しに目を細めながら、王立図書館の窓の外を見やる。図書館の前の花壇には、いろんな色のチューリップの蕾が並んでいた。
「もう、合格発表が終わったころね」
手に抱えた本をよいしょと持ち直し、さっきまで座っていた席へと戻る。オフィーリアとアレハンドロが補佐官の試験を受けたのが一ヶ月前。
今頃、緊張するオフィーリアの隣で、レイモンド様は平然としつつオフィーリアより力が入っていることでしょう。アレハンドロは騎士のテストと重なり、勉強時間が取れないと悩んでいたけれど、大丈夫かしら。
「駄目だ。〆切が近いのに全然続きが思いつかないわ」
何か参考になるかと思い持ってきた本をパタリと閉じたところで、アレハンドロが部屋に入ってくるのが見えた。
「やっぱりここにいた」
「試験はどうだった?」
「俺は駄目だった。オフィーリアは受かったよ」
肩を竦めるアレハンドロの顔はサッパリとしていた。やり切った結果ということなのでしょう。
「そう、残念ね。でも、来年も、再来年もあるわ」
「来年には受かるよ。騎士専門科の受講はやめて、医学一本に絞ることにした」
そう言うと私の前に座り、机の上に積み重ねられた本を手に取ってパラパラと捲る。
「でも、まさか巷で流行りの小説の作者がアゼリアだったなんてね。女生徒の間でも人気だよ。百本の薔薇の話とかロマンティックで令嬢が好きそうだ」
身体の弱い私の趣味は読書ともう一つ、ベッドの上で空想の物語を紡ぐこと。学校にも夜会にも行けなかった私の密かな楽しみだった。
それを一年前、何の気なしに書き留めたのを見つけたオフィーリアが、出版社に持って行こうと言い出したのが始まりだった。半ば強引に連れて行かれ、あれよあれよと言う間に出版が決まった。
それから先は、研究室に行かない日は小説を書いていた。でも、研究室がどんどん忙しくなって、ついには倒れてしまって。
そこで私は、やっと研究室の皆にも小説を書いていることを話した。タイミングよくアレハンドロも手伝ってくれることになり、研究室へ行く頻度も減り何とか両立していたのだけれど。
アレハンドロは、持っていた鞄から本を取り出し私の前に置く。
「昨日発売の新作! 買ってくれたの?」
「もちろん。アゼリアもこれからは小説家一本に絞るんだろう、頑張ってね」
「ありがとう」
小説家の仕事が忙しくなってきたので、オフィーリアが学園を卒業するタイミングで私は研究室の手伝いを辞めることにした。
アレハンドロも時々は手伝うそうだし、多分大丈夫でしょう。
「それにしてもこの小説、何だか既視感を覚えるんだけれど。特に、男が主人公の女性に見せるやたらめったら甘い態度や、砂糖菓子を口いっぱいに含んだようなセリフ、ちょっと病的な独占欲なんてまるで見てきたようだ」
うわっ、と顔を歪ませるアレハンドロ。
クスクスと笑う私に苦笑いを返しながら、はぁ、とため息をついた。
「あれはさすがに入り込めない」
「それは随分前に分かっていたでしょう? それでいてレイモンド様を煽って楽しむのだから、タチが悪いわ」
「だって、面白いんだもの。あの兄弟」
「兄弟?」
私が首を傾げたところで、アレハンドロの視線が入り口に向かう。その先にいたのは。
「ジェイムス様」
私の姿を見ると、こちらに向かってくる。
「アゼリア、時間通りにきたつもりだが、待たせたようだな」
「いえ、本を読みたかったので早くきたんです。そうだ、先程アレハンドロからオフィーリアが試験に受かったと聞きました」
「俺は落ちました。来年頑張ります」
「そうか、それは残念だったな。で、どうしてここに?」
ジェイムス様の手が励ますようにアレハンドロの肩に置かれたけれど、アレハンドロは「うっ」と小さくうめいた。
「ジェイムス様、痛いです。来年に向け参考書を借りに来ただけですよ」
「やけにアゼリアと親しげに見えたが」
「そりゃそうでしょう。一緒に働いているんですから」
アレハンドロの目はちょっと挑発的で、口元が楽しそうに弧を描く。
なるほど、煽っているのはレイモンド様だけではなかったのね。
嫉妬してくれるジェイムス様を見るのは悪い気分じゃないけれど、このままだとアレハンドロが調子に乗ってしまう。
「ジェイムス様、そろそろ行きませんか?」
「そうだな、観劇の時間もあるし」
小説に行き詰まっている私のためにジェイムス様がチケットを用意してくれた。こうやって、何かにつけ誘ってくれるし、思わせる振りなことも言ってくれるのに、何故か決定的な言葉はくれない。
オフィーリアいわく、いろいろ無意識だから許してあげて、とのことだけれど。あれが全て無意識なら、私、心臓が持たないわ。
「では、本を戻してきますので少し待っていてください」
「俺も手伝うよ」
「そんな、申し訳ないのでこちらに座っていてください」
「構わない。少しでもアゼリアといたいだけだ」
また、しれっとした顔で仰った。
私の頬が赤らんだのを見て、大丈夫かと真顔で聞くところまで、もはやお約束ね。
さて、どうしたものやら。
今の私にとって、小説以上にこの愛らしいポンコツをどうするか、が問題だわ。
次回、結婚式のその後。ラストです。
明日の朝、投稿します。
あっ、寝坊したらお昼?
今起きたのかな、と思ってください!




