流行病.3
本日2話目! ご注意ください
「で、なんでそいつがここにいるんだ、オフィーリア?」
作業机で薬草を刻んでいると、仕入れから戻ってきたレイモンド様が、薬草の入った籠を小脇に抱えたまま詰め寄ってきた。
「えーと、アゼリアが倒れたこと、特効薬を作っていることをアレハンドロに話したら、手伝うと言ってくれたので……」
だから授業が終わってから一緒に研究室に来たのだと伝えると、目を眇めふーん、とにこり微笑んだ。
これは怒っている。
まずい、と頬を引き攣らせる私の横で、元凶のアレハンドロはクツクツと喉を鳴らす。この子、明らかに楽しんでいるわね。
「身元がはっきりしていないと研究室で働けませんが、俺なら問題ないかと。それに、父は現地から戻ってきたら一番にここに顔を出すでしょう。少し問い詰めたいことがあるのです」
丁寧ながら何故か好戦的な視線は、火に油を注ぐのでやめて欲しい。
ハリストン様が現地に行かれたこと、以前病に感染したことを話すと、知らなかったようで驚いていた。その後、暫く考え込むような表情をしていたけれど、何かは教えてくれない。
調薬がひと段落したのか、タイミングよくジェイムス様が実験室から出てきた。
「ジェイムス様、アレハンドロが手伝うと言ってくれているのですが、良いでしょうか。アゼリアの負担も減ると思います」
「特効薬を作っていると聞きました。少しでもお役に立てることがあればと思い来ました」
「そうか、ハリストン殿のご子息なら身元もしっかりしている。むしろこちらから頼みたいぐらいだ。オフィーリア、総務課に行って手続きに必要な書類を貰ってきてくれるか?」
「申請書の類なら、引き出しにあったはずです。少しお待ちください」
窓側の執務机の引き出しから紙の束を取り出し探すと、雇用申請が見つかった。私が用意したものではない。パトリシアさんはいざという時すぐに申請できるよう、様々な種類の申請書を引き出しに準備していた。
複雑な思いはあるけれど、こういうところは素直に尊敬する。
「はい」と手渡せば、ジェイムス様はサラサラと書き、あとはアレハンドロと保証人兼保護者のサインだけに。
「母親と一緒に暮らしているのだから、明日には署名して持って来れるだろう?」
「母のサインは絶対必要ですか?」
「保証人だけなら俺がなってもいいが、まだ学生だしな」
「この前デビュタントもして、年齢的には成人です」
私達三人はそっと目を合わす。
どうやらアレハンドロは、ここで働くことを母親に知られたくないらしい。確かに、母親にしてみれば、別れた夫の職場だし複雑な思いや事情があるのかも知れないけれど。
「うーん。分かった、それでは俺のサインだけで話を通そう」
「兄さん!」
ちょっと待ってと声を上げたレイモンド様を、ジェイムス様はまあまあと手のひらを上下させ宥める。
「学生なら親のサインは必要だが、成人しているし、ハリストン様のご子息だ。状況が切迫しているのだから無理矢理ねじ込み許可を取ることはできるだろう。ただし、母親がここに乗り込んできた時は対応してくれよな」
「分かりました。ありがとうございます!」
アレハンドロは無邪気な笑顔で頭を下げ、その場でサインをする。
受け取ったジェイムス様は、「ちょっと話をつけてくる」と言って研究室を出ていった。
「これで俺も研究室の一員だね。オフィーリア、やり方を教えて、手伝うよ」
「ええ、もう一つナイフを取ってくるわね」
執務机の後ろの棚からナイフを取ろうとするも、レイモンド様に手を握られ止められる。
「オフィーリアにはちょっと手伝ってもらいたいことがある。アレハンドロ、そこにすでに刻んだ薬草があるだろう、残りもそれぐらいの大きさに切ってくれ」
「机の上の薬草を全部この大きさに、でいいですか?」
「そうだ、終わった頃には兄も戻ってくるだろうから、次の指示を仰いでくれ」
そういうと、私の手を掴んだまま、実験室へと入っていく。
そこでやっと持っていた籠を机に置いた。もちろんこれも特効薬の材料だ。
「オフィーリアはこの薬草を磨り潰してくれ」
「これは……いつも作業台でしている仕事だと思うのですが」
実験室にも机はあるけれど、主に調薬に使う。薬草の下準備は作業台ですることが多い。
「別にここでしても問題はない。さぁ、座って」
言われるがまま座るとレイモンド様も隣に腰掛ける。もはや安定の距離の近さね。
「……調薬はされないのですか?」
「アレハンドロの刻んだ薬草と、この磨り潰した薬草がなければできない。それまで休憩するよ」
と、あくびを一つ。どうやら下準備したものは全部使ってしまったらしい。
始めのころと比べて、薬草の消費スピードが速いのは、お二人が調薬に慣れてきたからかしら。
「休むのでしたら、ソファを使われたらどうですか? ずっと寝不足が続いていますよね」
「うーん、そうなんだけれど……」
ちょっとぼんやりした声が返ってきたかと思うと、あろうことかレイモンド様は私の膝の上に頭を置いた。寝床を探すように頭を動かし、ほどよい場所を見つけたのかそこに落ち着く。いや、落ち着かれても困るのだけれど。
「ちょ、ちょっと。レイモンド様、ソファで休んでください」
「ここがいい。オフィーリアは仕事ができ、俺は休める。完璧だ」
何が完璧なのか全く分からない。
硬い椅子の上での微妙な体勢で、これで本当に休まるのかと疑問に思っていたのだけれど。
間もなく、すうすうという規則的な寝息が聞こえてきた。相当疲れていらっしゃるのね。
「仕方ないわ。今日だけですよ」
ブロンドの髪にふわりと触れ、レイモンド様を膝に乗せたまま私は作業に取り掛かることにした。
結局は仲良しです。
後数話。ラストは結婚式後の二人(健全ですよ!)




