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流行病.2

誤字報告ありがとうございます!

本日2話投稿します!

後半ジェイムス視点


 薬師と連携しながら進めている特効薬作りだけれど、かなりの量が必要でレイモンド様達は研究室に泊りがけの日々が一ヶ月も続いている。


 私は三日ほど学園を休んだあと、レイモンド様に「いつまでこの状況が続くか分からないので、学園に行ったほうが良い」と言われた。気にはなるけれど、ずっと休むわけには行かないので、学園と研究室を行き来しながらレイモンド様達を手伝っている。最近は、時間がもったいなくて食事は馬車の中だ。

 

 馬車を降り通い慣れた道を早足で歩き、研究室の扉を開ければ、作業台にこんもりと積まれた薬草をアゼリアがすり潰していた。


「遅くなってごめんなさい、手伝うわ」

「ありがとう。では、その箱にある薬草の選別をして貰っていい?」

「分かったわ。アゼリア、お昼ご飯がまだでしょう。少し休んだ方がいいわ」


 顔色が悪い。アゼリアは週に二、三日の勤務予定が、ここ最近はずっと研究室にきている。以前よりは元気になったけれど、身体が弱いから心配だ。


「パンを買ってきたから良かったら食べて。でも、食堂に行って栄養のある食事を摂ったほうが良いかも」

「大丈夫よ。それにあまり食欲がないの」

「それでも食事はしっかり摂らないと。レイモンド様達にも声をかけてくるわ」

「では、私は暖かい飲み物をつくるね」


 そういうとアゼリアは、手早く作業台を片付け台所へ向かう。

 私も、レイモンド様の研究室へと向かったのだけれど。


「きゃっ!」


 扉を開ける前にレイモンド様が現れ、私の顔をみるなりぎゅっと抱きしめる。


「……やっとオフィーリアが来た。あぁ、もうオフィーリア不足で死にそうだ」

「毎日会っているではありませんか」

「会うだけで、禄に会話をしていない」


 さらにぎゅうぎゅう抱きしめられて。

 とはいえ、これは今日始まったことではない。最近いつもこんな感じなので、私はその広い背中に手を回しポンポンと叩いてあげる。


「きっと、もうすぐ日常にもどれますよ」

「その時は……」

「ゆっくり寝てくださいね」

「嫌だ、オフィーリアと一緒にいる」

「ではベッドサイドにいてあげますから、寝てください」


 ジェイムス様もだけれど、ふたりとも目の下のクマが酷い。食事も三食摂っているか怪しいし、よくこの一ヶ月倒れなかったものだと思う。


「……いや、それは良くない」

「何がですか?」

「こんなに疲弊して、理性も判断力も擦切れているときに添い寝は……まずいな」

「いえ、誰も添い寝するなんて言っていませんよ?」


 何を拡大解釈しているのだと、慌ててその身体を押しのけようとした時、台所からばたんと大きな音が聞こえた。

 ハッとし、レイモンド様と顔を見合わせると、ジェイムス様の研究室の扉が開いた。


「今、大きな音がしなかったか?」

「台所です。アゼリアが……」


 私の言葉を最後まで聞くことなく、ジェイムス様が台所へと駆け込む。


「アゼリア!!」


 台所の床に、青白い顔のアゼリアが倒れていた。

 ジェイムス様はその傍らに膝を突き、意識や呼吸、脈を手早く確認していく。


「ジェイムス様も医師の心得があるのですか?」

「いや、ない。学生時代に習った程度だが、おそらく貧血だろう。手足が冷たく脈は乱れているが、呼吸に問題はない。倒れた時に怪我もしていないようだ」


 頭に触れこぶや出血がないのを確認すると、アゼリアの身体の下に腕を入れ抱え上げた。


「暫くして目を覚まさなければ、医師を呼ぼう。それまで、俺の実験室のソファで寝かせる。それにしても軽すぎないか。ちゃんと食事を摂っているのだろうか」


 ソファに寝かされたアゼリアに、椅子の上にあった毛布を掛ける。レイモンド様もご自身が使っている毛布を持ってきてくれた。


「オフィーリア、俺たちは一度部屋を出るから、服を緩めてやってくれないか。胸周りやウエストが楽になれば、血の巡りもよくなるだろう」

「分かりました」


 二人が出て行ったところで、アゼリアを横向きにしてデイドレスの背中の釦を全部開ける。首の後ろからウエストにかけ合計八個。その後はコルセットの紐を緩めて、胸の上までしっかりと毛布を掛けた。


 近くの椅子を引き寄せ座り様子を見ていると、次第に顔色が良くなり浅かった呼吸が深くなっていく。

 

 十分後、アゼリアは薄っすらと目を開けた。ジェイムス様が仰る通り、貧血だったみたい。


「大丈夫? あなた、台所で倒れたのよ」

「……そうなの。確か、ケトルにお水を入れていたら目の前が真っ暗になって……」

「貧血だと思うけれど、気分はどう? 吐き気や頭痛、それから倒れた時に怪我をしていない?」

「少し左肩が痛いけれど、大丈夫よ」


 倒れた時に打ったのでしょう。アゼリアが起き上がろうとする。


「駄目よ。もう少し寝ていて。ジェイムス様がとても心配されていたので、呼んできていいかしら。ジェイムス様が抱き上げここまで運んでくれたのよ」

「そうなの! それはお礼を言わなくては」


 青白い頬に少し朱が差す。この様子だと、医師は呼ばなくて大丈夫そうね。


▲▽▲▽▲▽▲


「アゼリア、大丈夫か?」


 目を覚ましたと聞いて実験室に入れば、アゼリアは毛布を抱きかかえるようにして横になっていた。少し服が乱れているのは、オフィーリアが緩めたからだろう。少々目のやり場に困る。一緒に部屋に入ったレイモンドも視線を逸らせていた。


「申し訳ありません。ご迷惑をおかけして」

「そんなことは構わない。それより気分はどうだ」

「先程起きあがろうとしのですが、まだ頭がふらつきます」

「倒れたばかりだ。もう少し横になっていた方がいい。暫くしてもまだ眩暈がするようなら医師を呼ぼう。回復したなら、今日はもう帰ったほうがいい」

「そうですね。これ以上無理をしてもご迷惑をおかけするだけですし。申し訳ありません」


 か細い声で詫びを重ねるアゼリア。オフィーリアが座っていたであろう椅子に腰かけつつ、目覚めたことにひとまずほっとした。

 倒れるまで無理をしていたなんて、もっと早く気づいてやるべきだった。


「身体が弱いと知っていながら無理をさせた。どうも俺は実験や調薬を始めると周りが見えなくなるらしい。すまない」

「そこがジェイムス様の良いところなのですから、謝らないでください」


 俺の良いところ? 寝ることも食事することも忘れ没頭してしまい、怒られたことは多々あるけれど褒められたのは初めてだ。


「それほど夢中になれるものがあるのは素晴らしいことです。ずっと羨ましいなと思っていました。でも最近、私にも夢中になれることができたんですよ。それもあって無理をしすぎました。私の責任です」

「夢中になれること?」

「はい。でも恥ずかしいのでまだ内緒です。いつかお話しますね」


 ふふ、と小さく笑う。儚げな笑顔に守ってやりたいと思ってしまった。

 と同時に、倒れるまで無理をさせた自分の不甲斐なさが嫌になる。


「……まったく、惚れた女性に無理をさせていたなんて本当に情け無い」

「えっ!?」


 これがレイモンドならもっと上手くやっていたんだろう。

 ため息をこらえつつ胡乱な目で弟を見ると、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で俺を見ていた。


「どうしたんだ?」

「兄さん、今、自分が何を言ったか分かってる?」

「うん? 俺、何か言ったか?」


 どうも最近独り言が多いらしい。

 いや、一人で実験をしているときにぶつぶつ言う癖が、日常生活でも出てしまうのだろう。

 

 まずいな、全く自覚していなかった。えーと、で、俺は何を言ったんだ?

 一番近くにいたアゼリアなら確実に聞こえているはず、と視線を移せば、顔が真っ赤になっていた。


「どうしたんだ、熱が出たのか?」

「ち、違います! その……」

「少し失礼する」


 おでこに手を当てれば、びっくりするほど熱かった。

 どうしたんだ、突然。何かの感染症か。


「兄さん、大丈夫だから少し離れよう」

「いや、でも熱が……」

「凄いな。これ天然でやってんのか。ちょっと参考にさせてもらおう」


 レイモンドに肩を掴まれ、椅子に深く腰をかけさせられる。

 オフィーリアはこちらに背を向けているが、まるで笑いを堪えているように肩が揺れていた。


「いったい皆、どうしたんだ?」

「いえ、何でもありません。俺達は仕事に戻るんで、兄さんはもうしばらくアゼリアさんについていてください」

「言われなくてもそうするつもりだ」

「そうですか。じゃ、行こう、オフィーリア」


 弟はオフィーリアの背を押し出て行った。

 あんな風に自然に触れ合えるのは


「羨ましいな」

「!!」


 アゼリアがさっきより赤くなっている気がするぞ。

まずは1話目

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