夜会.2
誤字報告ありがとうございます!
軽快なワルツのテンポは速くもなく遅くもない。
踊りやすい音楽はデビュタントを思ってのこと。
「っとすまない。今足を踏みかけた」
「大丈夫よ。落ち着いて。私がリードするから」
慣れないステップにぎこちない足さばきを可愛いと思いつつ、音楽に合わせてリードしていく。
「オフィーリアはうまいね」
「そう? これぐらい普通よ。いつもはリードして貰っているから、うまくできていないかも知れないけれど」
「いや、とっても踊りやすい。そうだ」
と、アレハンドロは言葉を区切ると、私と繋いでいる手にぐっと力を込めた。
「とても奇麗だよ」
「ありがとう、でもそれでは六十点ね」
ダンスを踊る際に女性を褒めるのも紳士の嗜み、と教えられたのでしょうけれど。
その一言だけではまだまだね。どうするのかと見ていると、眉に皺を寄せうーんと唸る。
「はい、マイナス十点」
「うわっ、ちょっと待って。えーっと。いつもの落ち着いた雰囲気も素敵だけれど、今夜の貴女の美しさには目を奪われてしまう」
「まぁ、及第点というところかしら」
「厳しいな。でも、世辞とか抜きでそのドレスとても似合っているよ、婚約者の瞳の色と一緒というのが気に入らないけれど」
チッと軽く舌打ちすると、「それからもう一つ」と唇を尖らせる。
「僕の背に回された手についている指輪も気に入らない」
「ふふ。なかなか言うじゃない。九十点にしてあげる」
「今のはそういうんじゃないんだけれど。ま、いいか」
私の左手には昨日届いたばかりの婚約指輪が嵌っている。
昨晩二人っきりのベランダで、跪いて改めてプロポーズしながらくれたものだ。
そのあと、二度目のキスも……とそこまで思い出して頬が熱くなった。
「ねぇ、僕が聞いた話だと、ダンス中にほかの男のことを思い出すのはマナー違反じゃなかったっけ?」
「そうだけれど、言い出したのは貴方の方よ」
「じゃ、もう二度と言わない」
拗ねた口調が弟と一緒で思わず吹き出してしまった。
なんだか「はいはい」と頭を撫でてあげたくなる。
クスクス笑いながらダンスを終えると、アレハンドロはきちんと私をレイモンド様まで送り返してくれた。そこにはジェイムス様とアゼリアも。
「カートラン様、オフィーリアを貸して頂きありがとうございました。これで成人の仲間入りができました」
「それは良かった」
レイモンド様はにこりと余裕の笑みを浮かべつつも、その手は素早く私の腰に回される。
あぁ、このあと何曲踊れば機嫌を直してくれるかしら。
では、と再度紳士の礼をしたアレハンドロだったけれど、顔を上げたところで翡翠色の瞳を丸くした。視線が私達の後ろに向かっている。うん、と首を傾げたところでよく知った声が背後から聞こえた。
「アレハンドロ、デビューおめでとう」
「……ありがとうございます。父上」
父上? というか、この声は。
「ハリストン様?」
振り返れば、そこにはグレーの正装を纏ったハリストン様がいた。驚く私達をすり抜け、アレハンドロに向かうとポンと肩に手を置く。
「大きくなったな。学園に書類を持って行って驚いたよ。まさか専門科を掛け持ちするなんて」
「母にも言われました」
「彼女は今どこに?」
「さぁ、会場のどこかにいると思いますけれど、多分ダンスを申し込んでも断られますよ」
肩を竦めるアレハンドロにハリストン様は困ったように眉を下げた。
「親の事情をあからさまに部下の前で話さないでくれ」
「研究ばかりにかまけているから自業自得だと思いますよ。じゃ、俺はもう行きます」
ひらひらと手を振り、同年代の少年のもとへ向かうアレハンドロからハリストン様に視線を移せば、やれやれと言った感じの苦笑いを浮かべた。
「アレハンドロはハリストン様のご子息だったのですね。知りませんでした」
「すまない。少々言いづらくてな。それに医学専門科の基礎授業は医者を目指す生徒も受けるから三十人程はいるだろう。まさかこんな短期間で友人になっていると思わなかったんだよ。しかし、アレハンドロにはオフィーリアが通うことを手紙で伝えたはずなんだが」
そういえば初めて会った時、アレハンドロは私が薬学研究室で働いていると知っていた。どうしてか聞こうと思っていたのに、毎日が忙しすぎて忘れていた。
「すまないな、レイモンド。息子が先に踊ってしまったようだ」
「いえ、今宵はデビュタントが優先ですから」
雰囲気を変えるかのように、明るい声を出すハリストン様。でも、選んだ話題は正解とは言えず、レイモンド様の目は笑っていない。
それには、ジェイムス様でさえ苦笑いをされる程。
この空気をどうしようかと考えていると、やはり助けてくれたのはアゼリアだった。
「ジェイムス様、次の曲が始まりました。私達も踊りませんか?」
「えっと、俺と、ですか?」
「はい、オフィーリアもレイモンド様と踊るわよね」
「え、ええ、もちろんよ。レイモンド様、お相手してくださいますか」
左手を差し出せば、レイモンド様はいろいろ飲み込むように息を吸って吐き、次いで途端蕩けるような笑みを浮かべた。
「俺がオフィーリアの誘いを断るはずないだろう」
ええ、分かっております。
そのあと踊ったダンスは、やたらと距離が近く。
隙を見ては私の額や頬に口付けされ、周りから注目を浴びたのは言うまでもない。
でも、その夜一番の注目を浴びたのは私達でもデビュタント達でもなかった。
「おい、ジェイムス様が踊っているぞ!」
「お相手の可憐な令嬢は誰だ。あんな美人見たことないぞ」
「女神か妖精か? あの堅物のにやけ顔なんて初めて見た!」
ある人はダンスをしながら、またある人は壁際に立ち尽くしながら。
でも、口々に出る言葉はどれも要約すれば「信じられない」だ。
「兄達が注目を集めてくれている。これは便利だな」
耳もとで甘くささやかれ、次いでリップ音が鳴った。
アレハンドロとダンスを踊ってしまったから、止めてと言えない。
そんな私の心境を知っているかのように、再び指先に唇が落ちた。
果たして曲が終わるまで、私の心臓は持つかしら。
番外編、残り六話ぐらい。
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