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盗まれた試薬.6(パトリシア視点)

本日一話目

 ▽▲▽▲


「あんた、俺に似ているよ」


 ターナーはそう言って騎士達に連れていかれた。

 馬鹿馬鹿しいと鼻でフンと笑う。

 嫉妬に狂い犯罪者にまで堕ちた貴方と私を一緒にしないで欲しいわ。

 私はレイモンドの将来を思い、すべては彼のためにしたのよ。


 それより、とんだ迷惑なことをしてくれたものだわ。


 彼が試薬を盗んだりしなければ、私がオフィーリアの作った書類を破る姿を見られることもなかったのに。

 

 どうやって誤魔化そうかしら。


 レイモンドなら私の言葉を信じてくれるはず。

 あぁ、でも今の彼はオフィーリアに騙されていて……。どうしようかと考えていると、視線を感じた。


 いつの間にか俯きぶつぶつ呟いていたらしく、顔を上げればレイモンドと目が合う。


「いい加減本当のことを話してくれないか? この場所からはハリストン様と兄の実験室、中央の部屋もよく見える。ターナーはパトリシアが深夜に何度も研究室を訪れていたと言った」

「それは……」

「破いた書類は今回が初めてではないのだろう? ターナーの証言があるんだからもう誤魔化すことはやめるんだ」

「あんな奴っ、犯罪者の証言を信用するの?」


 ねぇ、分かって。レイモンド。

 分かるでしょう。私は貴方の唯一の女友達で。

 ただ一人、本音を話せる女性でしょう?


「パトリシア、俺たちがターナーに出会ったのは研修中に数回。彼がほとんど面識のないパトリシアに不利な証言をする理由は何もないんだよ」

「だから信じるっていうの?」

「頼む、本当のことを言ってくれ。これ以上、君に幻滅したくないんだ」


 絞り出すような大声に身体がびくりと強張る。

 苦しそうに眉根を寄せるレイモンド。

 どうしてそんな顔をするの?


「嫉妬で人を蹴落とすターナーより私を信じて……」


「では、貴方はどうなの?」


 凛とした声音が私の言葉を遮った。声のする方を見れば、オフィーリアが私をまっすぐ見据える。自信に満ちた顔。それがレイモンドに愛されている自負からきているのかと思うと、腹が立った。


「貴女は黙っていて、今レイモンドと話をしているの」

「お断りします。貴女に嫌がらせをされたのは私なんですから、蚊帳の外にはいませんよ。パトリシアさん、貴女のしたことはターナーさんがジェイムス様にしたことと同じよ。どうして頭の良い貴女がそれに気が付かないの?」


 私のしたことが、ターナーと一緒。

 あの犯罪と同じなんて、この女は何を言っているの?


「私はレイモンドの目を覚ますためにしたのよ。研究者としてのレイモンドに相応しいのは貴女ではない」

「だから私がいなければよいと思った。だから嫌がらせをした。書類を破り、曖昧な指示を出し知識不足を露わにすれば、私が隣国に帰ると思ったの? パトリシアさん、それを嫉妬というのよ」


 嫉妬。

 私がオフィーリアに嫉妬していたというの?

 何の知識もない、研究資料を読んでも碌に理解できない女に?

 ターナーがジェイムス様を妬み、試験管を盗んだのと同じように?

 最後に見たターナーの歪んだ顔を思い出す。醜く賤しい顔だった。


 まさかそんなこと……。

 思わず自分の顔に手のひらを当てるけれど、今どんな表情をしているかなんて分からない。それでも、ペタペタと頬を、目を、口を触る。


 煩わしい令嬢達、その中でも一番面倒なのは嫉妬だとレイモンドは言っていた。だから、私はいつもカラリと、さばさばと彼の前では振る舞っていた。男友達のように。


「パトリシア」


 何年も隣で聞いていた声が、初めて聞く男の人の声に聞こえた。


「君の気持ちに気づかず悪かった。でも俺はパトリシアを許せない」


 どうして貴方が謝るの? それではまるで私が可哀相みたいじゃない。

 私は、寂しさに付け込まれ騙されている貴方のためにしたのに、どうしてそんな目で私を見るの?


 妬みなんかじゃない。

 貴方の目を覚まし、再び私が一番近くにいられるように。

 だってそれが一番良いもの。


 一番良い。

 ……誰のために?


「パトリシア、俺はオフィーリアを愛している。薬草の知識や研究者としての能力を、俺は妻になる女性に望んでいない。人のために努力し、誰かを羨むより自分を高めようとする。そんな彼女を支えたいと思うし、支えてもらいたいと思っている」


 それがレイモンドの求めるものなの?

  

 オフィーリアが嫌いだった。

 なんの努力もせずに只可愛く笑うだけでレイモンドの婚約者となった彼女が許せなかった。


 柔らかな微笑み、可愛らしい声。

 私にはないものを振りかざし、当たり前のように婚約者の立場にいるオフィーリアに……


 私の肩をハリストン様が叩いた。


「パトリシア、君を薬学研究所から除籍する。君のしたことだって充分な犯罪だ。書類の紛失や機材の破損はもちろんだが、君が何度も研究室に忍び込んだことがターナーに付け入る隙を与えた。一緒に働くことはもうできない」


 普段の温和な上司の顔とは違い、冷たい瞳をしたハリストン様。レイモンドはと視線を向ければ、オフィーリアの肩を抱き、怒りと憐れみの目でこちらを見ていた。


 どうして、と視線を泳がせる私の目が、棚に置かれたビーカーで止まる。

 カンテラの微かな灯の中、その表面に映っていたのは嫉妬で醜く歪んだ私の顔だった。

 

パトリシア、意地悪で闇落ちしてからはさらにそれが加速しましたが、元は努力家だったと思うのです。それに、レイモンドの鈍さも多少は原因なので、嫉妬を自覚したあと、もしかして更生するかも? という可能性を残しました。


最終話も朝のうちに投稿します。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく、自身が嫉妬に狂っていると自覚出来ましたか…。元は努力家でいい子だったろうに。片思い相手が鈍かったせいか、女友達が自分だけだったから特別感を持ったせいか。スッカリ闇オチして…。オフ…
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