雨降って地固まる.3(レイモンド視点)
本日二話目です。誤字報告ありがとうございます!
雨音が板張りの屋根に当たる音を聞きながら、俺は自己嫌悪に陥っていた。昨晩ほとんど寝ずに論文を読んだのは、純粋に研究のためだけとは言い切れない。兄に認められたい、見返したい気持ちもあった。
オフィーリアは雨を見ながら何も言わない。その横顔が暗いように見えるのは、怒鳴った姿を見せたからだろうか。
「あの……」
初めてオフィーリアから触れられ驚いている中、遠慮がちに呟かれた言葉は俺をさらに驚かせた。
「レイモンド様のこともっと知りたいです」
まっすぐに俺を見つめる凛とした瞳。透き通るような、吸い込まれるようなまなざしを見返していると、胸に溜まっていたものを吐き出すようにオフィーリアが話し出した。
「私達は出会って数ヶ月しか経っていません。パトリシアさんのように沢山の時間を一緒に過ごし、共に学んだこともありません。私では足手まといかも知れないし、そもそもレイモンド様が私を婚約者に選んだのは異国での暮らしに不安や寂しさを感じたからかも……」
「ち、ちょっと待ってくれ。どうしてパトリシアが出てくるんだ? それに俺がオフィーリアを好きになったのは不安や寂しさからではないぞ」
突然何を言い出すのか。
もしかして婚約を解消して母国に帰りたいと言われるのだろうか、いや、先程オフィーリアは俺のことを知りたいと言ってくれた。
どこかに行ってしまいそうで両肩を掴めば、茶色い瞳で不安げに俺を見上げてくる。
「違うのですか?」
「当たり前だ。俺は友人のために労力を惜しまない、見返りを求めない姿に心打たれたんだ。その……俺の周りにはそのような女性は少ないからな」
オフィーリアは瞳を数度パチパチさせたあと、心底ホッとしたように息を吐いた。頬が緩む姿を見てオフィーリアも俺を思ってくれているのが伝わる。
「……パトリシアさんは?」
「パトリシア? 確かに彼女は勤勉で努力家だが……もしかして俺とパトリシアの関係を不安に思っているとか?」
聞けば、真っ赤な顔をして頷いた。
ぎゅっと唇を噛み言いにくそうにしているところ申し訳ないのだが、先に込み上げた感情は嬉しいだった。不安にさせた俺が悪いのだが、本当に申し訳ないが、嫉妬してくれているとは。
とはいえ、ここは喜ぶところではない。キッと口を結び誤解を解こうとするも手で制された。
「分かっています! レイモンド様がパトリシアさんに対して持っている感情は友情だと。ただ、私はパトリシアさんほどレイモンド様のことを知らないし、役に立てないことが悔しいのです。留学されたのも研究者の道に進むべきが悩んでいたからなのですよね?」
そんなことまでパトリシアは話したのか、と思うも話さなかった俺が悪いのかもと思う。要は恰好付けていたのだ。
でも、オフィーリアなら全部受け入れてくれる。そう思い、俺は全部話すことにした。
兄に対して感じている劣等感、試験に落ちるのが怖くて留学を選んだこと、そこで友人のために医学書を読むオフィーリアに出会いもう一度研究者の道を歩むことを決めたこと。
情けなく、我ながらみっともないと思う話なのに、オフィーリアは最後まで聞いてくれた。
全てを話し終わった頃には雨が上がっていたが、俺もオフィーリアも立ち上がろうとはしなかった。
「だから、俺がこうやって兄と研究しているのはオフィーリアのおかげなんだ」
「私、レイモンド様のお役に立っていたのですね」
「そうだ。今ここにいるのはオフィーリアと出会ったからだ」
そう告げれば泣きそうな顔で笑う。思わず抱きしめたくなったが、ここで話を終わらせてはいけない。
「今回、サルサラ草についてあそこまで調べたのも、兄に認められたかったからなんだ。情けないだろ?」
言っていて恥ずかしくなる。いい歳して兄に認められたいなんて、自分でも嫌になる感情だ。さすがに呆れられただろうと思うとオフィーリアはぶんぶんと首を振った。
「とんでもない! それはジェイムス様を尊敬しているからですよね? そのために頑張ったレイモンド様を情けないなんて思いませんよ。世の中には、『あいつがいなければ』『どうしてあいつばかり』と自分では何もせずに他人を妬む人も多いのに、努力されるレイモンド様はご立派です!」
頬を赤らめ力説するオフィーリア。そういえば以前にも努力家だと褒めて貰ったことがあった。
「それなら、ジェイムス様ともっと話すべきです。レイモンド様は副作用のない薬を作るより、併用してでも病気を治すことを優先すべきだと考えられたのですよね。私はその考え、間違っていないと思います。完璧を目指すジェイムス様も正しい研究者の在り方だと思いますが、だからこそ議論してください」
兄と議論、なんて考えたこともなかった。俺にとっては雲の上のような存在だったから。でも、そうだな。研究者の道を選んだのだ、今こそ対等に向き合うべきだろう。
「オフィーリア、俺、ちょっと話してくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
「あ、その前に」
可愛らしい笑顔の後押しにとうとう我慢しきれず抱き締めれば、びくりと身体をさせたあと、そろそろと俺の背に手が回された。励ますようにポンポンと背を叩かれ、頬が緩むのを抑えられず肩に顔を埋める。
「大丈夫。きっとジェイムス様はご理解くださいます」
「そうだな、ありがとう」
すぅと息を吸えば、甘い匂いが全身に染み込む。
細く壊れそうな身体を抱きしめていた腕を緩め、オフィーリアの額に口づけをすると、ポッと顔が赤くなった。
「レ、レイモンド様?」
「愛しているよ。もしオフィーリアが不安になるなら喜んで何度でも言うし、不安になっていなくても言う」
「レイモンド様?」
少し下がった声のトーンに、笑いを噛み締めながら耳元で囁く。
「俺から離れようとしても、手放す気はないから」
次いでに耳朶に口づければ、今にも倒れそうなほど狼狽える。こんな可愛い反応をするオフィーリアを見られるのは俺だけの特権だ。しかも、みっともない姿を見せても受け入れて励ましてくれる。
とはいえ、これ以上の触れ合いはいろいろお互い宜しくないので、俺は手を振りその場を後にした。
今ラストあたりを書いています。あと十話ぐらいです。
書きながら、これまだ書けそう。第二章作ろうかな、と考え中。ジェイムスとアゼリアについても書きたいし、ちょっと面白そうなキャラも思いついたし。
本当はこれ書き上げたら、他サイトの応募作を作るつもりがそのネタが全然できなくて。それなら、第二章もありかと。迷う!
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