lesson8
「エリ坊が手伝うんなら、ブーケを作ったら良いじゃない」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
イスラとエリオットが座っているテーブルセットに、ぬっと大きく逞しい影が差す。
二人を見下ろし腕を組んで仁王立ちしているのは、出勤して来た店長のフィリップスだった。
「いい加減慣れなさいよアンタ! ここはアタシの店なんだからアタシが来るって想像付くでしょうが!」
「あでぇっ!!」
フィリップス必殺ゲンコツが、エリオットの頭に炸裂する。
「おはようございますフィリップス様~」
「おはようイスラちゃん!」
イスラはマイペースに朝の挨拶をする。
いきなり筋肉が現われても驚かないとは、彼女はかなりキモが据わっている様だ。
気合で痛みを吹き飛ばしたエリオットは、フィリップスの方を向いた。
「おはようございます先生、ブーケって、結婚式で海に向けて投げる、あの?」
「そうよ、エリ坊の家花屋なんだから、ブーケ作れるでしょ」
「確かにそうですが、重大なアイテムですよね⁉ 僕が作っていいんでしょうか……⁉」
結婚式に使うブーケは、ただ単に白い花を集めて纏めれば良い訳では無く、真ん中に国花である白い百合を据え、周囲を綺麗に剪定した季節毎の白い花で囲むのだ。
上品かつ神に捧げるのにふさわしいバランスが重要視されるので、大抵はプロの職人に依頼するのが通例なのだが……。
「わぁ、エリオくんが作ってくれれば費用が浮きますね~」
「でしょ? エリ坊がイスラちゃんの作ってるドレスとタキシードが完成するまでに完璧なブーケを作れる様になればいいのよ」
「お願いできたら嬉しいです~。ふふっ、実はもうすぐ完成するんですよぉ」
プロの職人に依頼するのはそれなりにお金が掛かる。
フィリップスは、その費用を抑えるためにエリオットにブーケを作る練習をしろと言っているのだ。
練習するなら、それなりに器用な自覚があるエリオットもいける気がする。
「分かりました! 練習します! ところでイスラちゃん、ドレスとタキシードって後どれくらいで完成するの?」
一ヶ月くらいあれば、綺麗に作れる自信があるエリオットは、次に告げられたイスラの言葉に硬直した。
「あとは本縫いだけなので、短くて一週間、長くて二週間くらいですね~」
「えっ‼」
全然時間が無いではないか。
だが、完成したからと言って直ぐに式を挙げる必要はないだろう。
エリオットは、せめて一ヶ月練習させて欲しいと頼もうと口を開いた。
「あっ、あの、一ヶ月くらい時間を……。ぐえぇ!!」
──バチーン!!
フィリップス必殺平手打ちがエリオットの背中に直撃する。
「何言ってんの⁉ こんなに頑張ってる女の子を待たせる気⁉ それにねぇ、今の時期を逃したら国花が自生しなくなるでしょうが!」
エリオットは、背中を擦りながらはっとする。
そうだ、マリンレーヴェン海洋王国は温暖なので、白百合の咲く時期は三月末まで。
春と夏には気温が上がりすぎて自生しないのだ。
現在は三月中旬。
シーズンを過ぎても結婚式が出来る様に、人工栽培で白百合が作られているが、神に捧げるものとして最も適切なのは自生した白百合。
イスラの想いを汲むのなら、自生したものが良いのは明白だ。
「そうですね……。イスラちゃんの御両親に最大限喜んで貰わないとですもんね……」
「エリオくん、無理しないでください~。私これでもお給料をちゃんと貯めてるので、職人さんに頼む事も出来ますからぁ」
エリオットは、イスラのハシバミ色の瞳をじっと見つめた。
彼女は両親に、ちゃんと祝福されて幸せになって欲しいと言っていた。
ちゃんとという言葉の中には、仲の良い人々の祝福、儀式の大切さ、他にも沢山の想いが込められている筈だ。
それに、エリオットはイスラの為に絶対に何かしたかった。
職人に任せた方が確実だろう。
だが、そうなったらエリオット自分自身が確実に後悔する。
エリオットは腹を括った。
「僕にブーケを作らせてください、お願いします!」
イスラに頭を下げて、大きな声でエリオットは言う。
「えっ、どうしたんですかエリオくん!」
彼女は流石に驚いて、慌てる。
そんなエリオットの姿を、フィリップスは見定める様に眺める。
「僕、先生と出会って筋肉トレーニングを始めるまで、何でも中途半端に生きて来たんだ……。やりたいなと思う事があっても、言い訳を付けて諦めたり、嫌いなものを克服しようとしなかったり……。自分でも情けないって思う」
エリオットは上体を起こし、フィリップスとイスラを交互に見た。
「だけど……! 最近自分でもびっくりするくらい変われてるんだ! 筋肉が付いてきて、眼に見えて効果が実感出来て、自信も付いた! イスラちゃんとしっかりお話出来る様にもなって、君の事情を知って、何かしたいって強く思った! 僕はこの想いを中途半端にしたくないんだ……! 絶対に結婚式に間に合うように、ブーケ作りの練習と、筋肉トレーニングを両立させる、必ず頑張るって誓う!」
エリオットの力強い宣言に、フィリップスは今までで一番の笑顔になった。
「エリ坊、よく言ったわ! イスラちゃん、どお? このシャケに任せてみない?」
イスラは瞳を潤ませて、にっこりと笑った。
「はい、よろしくお願いします、エリオくん!」




