lesson6
隣に座っているフィリップスが、頬に手を当ててしなを作る。
「こんにちはぁ、エリオく~ん。今日もお日様がポカポカですね~」
「ブフォッ‼」
イスラの声真似(厳つい低音ボイス)をして、きゅるんとした瞳でフィリップスがエリオットを見るものだから、エリオットは厳つさとかわいさの余りのアンバランスさに詰めていた息を吹き出した。
「失礼ね! 吹き出してるんじゃないわよ!!」
「おいおいフィリップス、俺も流石に笑いそうになったぞ」
「なによアンタまで! 失礼しちゃうわ!」
フィリップス必殺肩パンは、王太子に矛先が移った事でエリオットに届く寸前で止まった。
非常に危なかった、王太子が神に見える。
「まぁまぁ、先に進みましょう?」
王太子妃の言葉に、そうね! と気を取り直したフィリップスは、再度頬に手を当てて身体をくねらせる。
イスラはこんな風ではない気がするが……、やや誇張されすぎな気がする。
だが、先生なりの精一杯な物真似なんだと、エリオットはなんとか眼の前のフィリップスをイスラだと思い込もうとする。
「エリオく~ん、私ぃお腹が空いちゃいました~。一緒にランチしませんかぁ?」
「ぐっ……。ブフォッ」
駄目だ、どうしてもイスラには見えない。
眼の前に居るのは身体をくねらせている筋肉だ。
バチーン!!
今度こそフィリップス必殺肩パンが、エリオットに炸裂する。
「ぐはぁっ……!!」
「もう! いちいち止まってて全然進まないじゃない!」
「す、すみません……!! でも、どう頑張ってもイスラさんには見えません~!」
鬼の様な顔で睨んでくるフィリップスに、エリオットは涙目になる。
すったもんだしていると、神の一声がした。
「では、私がイスラさんの真似をするわ。物真似は割と得意なのよ!」
「う~ん、このままじゃ埒が明かないしな。特別に許してやろう」
握りこぶしを作るのは、王太子妃だ。
緊張するが、この中でイスラ役として一番適任だ。
むしろ何故最初からこうならなかったのか不思議だが、エリオットは深く考えない様にした。
「い、いいんですか⁉ お、お願いします!」
「うふふ、頑張るわね。一緒にランチするシチュエーションでやってみましょう」
微笑む王太子妃は実に可愛らしい。
王太子の牽制する眼差と、フィリップスの釈然としない雰囲気がやや気になるが、女性役は女性にお願いした方が賢明だろう。
王太子妃は、イスラのほんわりとした雰囲気を真似して、目尻を下げた。
「こんにちは~、エリオくん。良いお天気ですねぇ」
エリオットは、これだと思った。
誇張されていない、自然なイスラだ。
口調のゆっくり具合も実に似ている。
イスラだと思い込んだら、別の意味で緊張してきた。
だがこれは練習、失敗しても良いので会話をしなければ。
「こ、こんにちはイスラちゃん‼ 良い天気だね!」
「同じ言葉を復唱しても話は続かないわよ」
「そうだなぁ、それにもう少し自信を持った方がいいぞ。自分からランチに誘う気概がないとな」
容赦のない指摘が飛んできて、エリオットはめげそうになる。
だが、王太子妃が優しく微笑んでくれるので、なんとか会話を広げようと頑張った。
「こんにちはイスラちゃん! 天気も良いしお昼時だし、一緒にランチでもしない?」
「わぁ、ランチいいですね~。私、サンドイッチが食べたいです~」
「じゃあ、坂道の下にあるパン屋さんなんてどうかな? 新作のサンドイッチがあるんだって!」
「美味しそうですね~、行きたいです~」
今のは中々いい感じに会話できた気がする。
フィリップスと王太子を見ると、彼等は頷いてくれた。
「今のは良いんじゃないか? 店も調べてあるんだと好感が持てたぞ!」
「そうね、中々良いんじゃない?」
「ほんとですかっ!」
その後、王太子妃イスラと、中々良いテンポで会話を重ねる事が出来た。
エリオットは、自分が結構出来ている事に嬉しくなる。
「会話は出来る様になったし、次はアピールね」
「そうだな! しっかりアプローチしていかないとただのお友達だな」
「あ、アプローチですか⁉ ……すいません思い付きません!」
草食系男子代表のエリオットは、自分からアプローチ等考えた事も無かった。
すかさずフィリップスからツッコミが入る。
「思い付かないってアンタ……。何のために筋肉付けてるのよ⁉」
「えぇっと、筋肉が付けばイスラさんに意識して貰えるかと思って……」
「筋肉に寄りつくだけなら、その辺の男だっていいでしょうが! 会話の中でアプローチしないと、意識もしてもらえないわよ!」
確かにそうだ。
筋肉のある男性が良いと言うだけなら、イスラはとっくに漁港の屈強な男に恋をしているだろう。
恋したことが無いとイスラは言っていた。
つまりは、ただの筋肉では恋愛対象にはならないという事だ。
でも、アプローチの仕方なんて分からない……。
エリオットは、勇気を最大限に出して、王太子夫妻に頭を下げた。
「王太子様、王太子妃様‼ 御二人がお出かけされている時の様子を再現してもらえませんか⁉」
王太子夫妻は、片時も離れる事が無いと有名なラブラブ夫婦だ。
ならば、普段の会話だってラブラブなのだろう。
「エリ坊、アンタ……」
フィリップスは、真面目にイスラと向き合おうとするエリオットの姿に、それ以上は何も言わなかった。
「おお、いいぞ! なぁディラ」
「えぇ、お役に立てるか分からないけど、やってみましょうか」
そうして、エリオットは夫婦のいちゃつきをこれでもかと見せられた。
王太子の甘い言葉は多岐にわたり、王太子妃はくすくす笑いながらそれらを受けて嬉しそうにしている。
王太子が妻の髪を掬ってそこにキスした時、エリオットは余りの色気に卒倒しそうになった。
実演を終えた後も、夫婦は二人の世界に入ってしまい、エリオットは真っ赤な顔でそれを眺める。
いけないものを見ている気分だ。
フィリップスはやれやれと肩をすくめて、エリオットに視線を遣る。
「で? 参考になったの?」
「えぇっと! 刺激が強かったですが、何となく女性に掛けるべき言葉が分かりました!」
王太子は、事あるごとに王太子妃の事を褒めていた。
容姿だけではなく、ドレスや髪型の事なんかだ。
妃は気付いてもらえて嬉しいと言っていたので、細かい所をチェックした方がいいのだろう。
他にも、彼女が楽しそうに語る話に優しく相槌を打って、自分が話すばかりじゃなくするとか、ちゃんと視線を合わせて話すとか。
些細な事を意識するだけでも、かなり会話の弾み方が違うのだ。
「そう、それなら良かったわ。ディラちゃん、王太子様、そろそろ帰る時間じゃない? 今日はありがとね」
「あら、もうこんな時間! お役に立てていれば幸いよ。またお会いしましょうね」
「頑張れよエリオットくん! 次はカップルになった姿を是非見せてくれ!」
夫妻は立ち上がり、エリオットに手を振る。
「本当にありがとうございました‼ 頑張ります!」
フィリップスと共に馬車に乗って去っていく夫婦を見送り、エリオットは次にイスラと会った時、早速今日の事を実践しようと心に誓った。




