lesson10
──「痒い所はございませんか?」
「はいっ! 大じゅおぶでふっ!」
ガチガチに緊張し、エリオットは盛大に噛んだ。
ここは町の高級エステサロン。
エリオットはフィリップスに連れられ、髪と肌を磨きにここへ訪れていた。
店内は高級感満載で、どこもかしこも金色に輝いている。
少しでも変な動きをしたら何かをやらかす自信があるエリオットは、店に入ってからずっと身体を固くしていた。
現在カットした髪をシャワーで流されているのだが、硬くなりすぎて痒いもくすぐったいも何も分からない。
「エリ坊、そんなに硬くなってると逆に店員さんがやりずらいわよ」
常連であるらしいフィリップスが横から声を掛けてくるが、力の抜き方を忘れてしまったエリオットは動けない。
髪を乾かされ、全身マッサージをする為に別室に案内される。
施術ベッドに寝かされて、顔にタオルを掛けてもらったら、視界が遮られてちょっとだけ緊張がほぐれた。
エリオットの脚に手を掛けた女性エステシャンは、驚きの声を上げる。
「お客様、筋肉が逞しくていらっしゃるのですね。御召し物を召されている時は分かりませんでしたが、素晴らしいお身体付きです」
「えっ、えへへ。これでもちょっと鍛えてるんです」
ちょっとどころか、かなり頑張っているが、エリオットは見栄を張ってそう答えた。
着痩せしてしまうので一見分からないが、エリオットの筋肉はそんじょそこらの男性より鍛わっていた。
鍛え難い首や足首にもがっちり筋肉が付いてきたし、上腕二頭筋はフィリップス程ではないけれど盛り上がっている。
太腿の筋肉が付きすぎて、普段着のズボンが履けなくなったのは嬉しい誤算だ。
フィリップス曰く、シャケからマグロになってきたらしい。
マグロって凄くないか、マリンレーヴェン海洋王国でも一番人気の大きい魚だ。
肉体はほぼイスラの理想に近付いて来ているので、仕上げは外見を磨く事だと言われ、こうして様々なビューティーサロンを連れ回されているのだ。
全身にオイルを塗られ、テカテカに仕上げられたエリオットは、待っているフィリップスの前に出た。
「ふぅん、良いじゃない。髪も上品に整えて貰えてるわよ」
鏡を見ると、別人になった自分が映っていた。
くるくるの天然パーマを活かし、頭の形に沿ってカットされた髪は、以前の野暮ったさが無くなって、品の良い落ち着きをみせている。
白かった肌は連日の坂道ダッシュで良い塩梅に焼けており、肌を整えてもらった事で健康的になっている。
頑張って新調した青いスーツは、エリオットのマグロになった体型をスマートかつ、逞しく魅せていて、頼りがいのある雰囲気が出ていた。
「こ、これ僕ですか⁉」
驚いてその場で小さくジャンプするエリオットに合わせて、鏡の中のエリオットもジャンプするので、取り敢えず自分で間違いない様だ。
「エリ坊、中々男前よ。頑張って来たわね」
「先生……‼ ぐぼぉ!」
素直に褒められて、思わずフィリップスに抱き付きかけたエリオットは、例の如く振り払われ、風圧に声を上げた。
「だから暑苦しいのよ! そもそもこれからが本番だしね」
フィリップスの言う通り、本番は明日の結婚式だ。
一日14時間ブーケの練習に勤しんだエリオットは、完璧にブーケを作れる様になった。
明日用のものは予備を含め三つ用意してあり、抜かりはない。
しっかりイスラの御両親を祝福して、二人きりになる隙を狙ってイスラを呼び出し、海辺で告白する。
これがフィリップスと一緒に考えたプランだ。
告白の台詞は、考えすぎない様にその場で浮かんだ素直な言葉を伝える事になった。
「僕、頑張ります……‼」
「えぇ、頑張んなさい!」
師弟は顔を見合わせ、頷き合った。




