暗中模索
「……わっかんねぇ……」
あたしは体育座りで頭を抱えていた。
頭ん中でずっとグルグル回っているのは、七色光に言われた「届ける想い」の正体について。
あたしは基本的に人に興味がない。
いや、自分に利をもたらしてくれる人間以外に興味がない、と言ったほうが正しいか。
確かに分かるよ。
どれだけ傲慢で自己中心的なのかはよ。
でも転生してからずっとこれでやってきたんだ。今更性格が変えられているなら、あたしは色々と苦労してねぇんだよ。
「自分で言うのも何だが、この傲慢さはあたしの利点でもあると思うんだよ。だからこそ、これを失くしてしまうことはアイデンティティの喪失」
もしも傲慢さを指摘してきたのが、よく分かんねぇ弱小VTuberだったり、あたしのアンチだったりしたのなら、こんなに考え込むこともなく「はいはい嫉妬乙」と流すことだってできた。
だが、指摘してきたのは現【ばーちかる】で最もチャンネル登録者が多く、全てのVTuberの中で最も歌に長けてるヤツだ。
説得力が違ぇんだ。
現にあたしは七色光に勝てるとは今でも確信することができなかった。
「もういいか……? 七色光とは金輪際会わないようにして……レッスンも辞めて……」
逃げてしまおう、と。
あたしの中の弱いあたしがそんな思考の鎌首をもたげ──馬鹿馬鹿しいと一笑に付した。
「はっ、馬鹿かよ。逃げてどうする? 一生、七色光に怯えながら……敗北感を常に味わいながらVTuberを続けるってんのか? んなの籠の中の鳥と同じじゃねーかよ」
あたしは絶対に縛れたくない。
第一、逃げた時点で『天下を取る』って目標は達成できない。そんなの耐えられない。
「承認欲求って、そんなに悪いことか?」
あたしは弱い思考を一旦封じ、七色光に言われたことを反芻しながら自問自答をする。
承認欲求……誰かに認められたい、肯定されたい……一般的に自己顕示欲だったり、承認欲求が強い人間は忌避されがちだが、あたしは別に悪いことだとは思わねぇ。
欲はモチベーションだ。
何かをしたい。成し遂げたい……そんな想いの中に、誰かに認められたいって想いが入ってるのは普通のことだろ。
「いや違ぇ……七色光は別にそこを否定していたわけじゃねーんだ。アイツは自分のためだけに歌う歌を否定していた」
でも──人のために歌えとも言っていなかった。
確かによくよく考えたら奉仕精神の塊みてぇな歌手なんて世の中探したってほぼほぼいねーだろ。
全員が全員人のためを思って歌う……なんてことは無いはずだ。
問題はその届ける想いとやらが、あたしはベクトルが内側に向きすぎだということ。
……まァ、自分のことしか考えてねぇ、ってどこは認めざるを得ない。聞く人のことなんてなんも考えてなかったさ。
あたしはただ、歌を歌って気持ちよくなってただけに過ぎない。
「どんな想いを持つか……それが分かってりゃ苦労はしねーんだよなァ……」
あたしはハァと大きくため息を吐いた。
自身の問題点を理解することはできた。大きな進歩だ。だがしかし、肝心の解決策は闇の中。
「あたしのために歌ってくれるヤツなんていねーしな……友達皆無だし……」
……んあ?
……いや友達とかではねぇけどやってくれそうな人間はいたな……。
「あ、アイツに頼むのかァ……」
あたしは顔を引き攣らせながら一人の人間を想起した。……頬を赤らめながらはぁはぁ喜びそうなド変態の存在を。
「負けたままは癪に合わねぇ。どんな手段を使ってでものし上がるって最初に決めたんだ。やってやろうじゃねぇかよ……」
あたしは気合いを入れるべく、雑に流していた長い金髪をヘアゴムで縛ってポニーテールにした。
特に意味はないが髪がキュッとなるとどことなく気合いが入る気がするのだ。
「うしっ」
あたしはスマホを取り出すと、一人の人間にメッセージを送る。
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レイナ:頼みがあんだけど
サーヤ:いいよ!!!!!!!!!!
────
「はぇーよ……………」
あたしはすっかり懐かれた──というか変な視線で見てくるようになった同期、《《サーヤ》》のあまりに速すぎる返信速度にドン引きしたのであった。




