5-14 天使のような魔女
「天使そのものではなく、天使の憑代です!」
これがヴェルナー様に対しての誤魔化しの文言。
これを押し通すしかありません。
(なにしろ、今のヴェルナー様は信仰に“狂っている”状態ですからね。もし、あの棺の中で行われた死告天使の天啓が、私のでっち上げ、真っ赤な嘘とバレてしまえば、どうなるかは予想不可能! というか、暴走しそう……)
それを回避するためには、“天使のお告げは本物”である事を信じ込ませつつ、“私は天使ではない”と思わせなくてはならない。
この二つは絶対条件!
前者は司祭様の精神安定のために!
嘘だとバレたらば、狂信の司祭が暴走する!
後者は私の身の安全のために!
私が天使であると確信を持たれると、必ず次の託宣を求めて縋って来る!
それは厄介この上ないので、全力回避です。
「伯父様、冷静になってお考え下さい! 神や天使は神聖なる霊魂だけの存在でありますから、肉体に縛られた存在ではありません!」
「その程度の事、言われずとも分かっている」
「ですから、私が天使そのものではない、という事でございます! 神や天使がこの物質の世界に干渉するのには、霊体のみでは奇跡を行使する事が出来ません。そのため、地上で活動するには肉体、すなわち“憑代”が必要なのです!」
そう、天使は肉体を持たない霊体の存在。
それゆえに、普段は決して見る事が出来ない。
と言われておりますが、そもそも、私は天使に会った事も無いですし、夢枕に立たれた事もございません。
本当の事はただ“神のみぞ知る”でありましょうから、それっぽい事を言って煙に巻くのが私の常套手段。
義理とは言え、伯父を騙すのも気が引けますが、むしろ今更でございますね。
嘘を糊塗するために、更なる嘘をつく。なんと罪深い事か。
まあ、魔女なので問題なしという事にしておきましょうか。
「実はでございますね。これは亡きお婆様が原因なのでございます」
「む……、カテリーナ殿が?」
「はい。お婆様は私について、“雲上人”と契約したのでございます」
ここで“雲上人”の名を出すのは気が引けましたが、権威というものの効力に期待いたしましょう。
なにしろ、教会の最上位であられます法王聖下は、代々“雲上人”の出身!
世界の中心であられますアラアラート山に住まう、高貴なる方々。
そこがお婆様と何かしらの関係があるのは、前々から気付いていた事ですし、深く追求させずにそれっぽさを演出する。
前以上の出来の悪い台本ですが、即興で仕上げるにはこれしかありません。
「私も詳しくは存じ上げないのですが、どうにも私は“雲上人”曰く、特殊な体をしているそうなのでございます」
「それが天使と関係を?」
「はい。どうやら霊体を降ろすのに適しているようでございまして、あの時のように、天使がまれに降りてくるようなのでございます」
「なんと! つまり、ヌイヴェルは神に、天使に、選ばれたと言う事か!?」
「選ばれたかどうかは分かりませんが、たまに降りてくるのは間違いございません」
なんという稚拙な理由でありましょうか。
魔女が神に選ばれたなど、冒涜も冒涜でありましょう。
おまけに、身内の司祭を騙すための方便で、真っ赤な嘘を吐き出しているのでありますから、救い難いバカでありましょうか。
私も、そして、その“口八丁”に乗せられている伯父様も。
「あの時もサーラ夫人の言葉を伝える為と、死を告げる天使が降臨なさいまして、肉体をお貸ししていただけです」
「つまり、あのとき、ぎゅうぎゅう詰めの棺の中にいたのは、お前だったと?」
「はい。まあ、姿を見られては色々とマズいと思われたのか、天使様は絶対に見ないようにと、伯父様に忠告していたようですが」
まあ、義理とは言え、姪っ子と“お肌の触れ合い”はさすがにマズいですわね。
そこを“天使が配慮した”という事にしておきましょう。
(ああ、なんかドンドン嘘が積み上がっていきますわね)
度し難い程の罪深い行動です。
神や天使を騙り、神職を騙しているのですから、罪としては特一等のもの。
死後は地獄で業火に焼き尽くされても、不思議ではありませんね。
「むう、確かに、姪っ子と抱き合っていたのは、世間に知られるとマズいか」
「はい、そうなのでございます! 普段ならば、色々と奇跡の力を使って偽装できていたのですが、例の魔術の件もありますので、より“死”を匂わせるやり方を通すため、棺の中に一時的に封じたそうなのでございます」
「おお、神よりの恩寵、それを授けられたのもまた天使様! 有難いことだ!」
あ、あっさりと信じてくれたようでございますね。
何と申しましょうか、私を見る目が完全に“イって”しまっています。
見てはならないのに凝視せざるを得ない、という雰囲気が全身から漏れ出していますね。
信仰って、なんか怖い。
「というわけで、私は天使そのものではなく、あくまでたまに使われる“憑代”なのでございます。ご理解いただけましたか?」
「うむ、しかと理解したぞ! して、次に降臨されるのはいつだ!?」
全然分かっていませんでした。
嘘を隠すために嘘をつき、あらぬ方向に突き進んでしまったご様子。
天使なんか降りてきませんよ。なにしろ、神や天使の器などではなく、口八丁を得意とする魔女なのですから。
「伯父様、死告天使よりこう言われたでございましょう? 『汝に見送られる死者の魂は、正しくあの世へと旅立てるであろう』と。司祭として“墓守”を役目を担い、死者の魂を正しく導くのが、天使様より託されし職務であり使命ではありませんか?」
「確かにその通りだな。天使様には左様に告げられた」
「ならば、“死”を求めるべきではありません。死告天使は死の概念に最も近しい天使。下手に触れてしまえば、伯父様もまた死者の列に加わる事にもなりかねません」
「それゆえに求めるなと?」
「何より、あの世におられますサーラ様が嘆かれるでしょう。『天使様よりの使命を受けながら、自分の願望ばかり並べたてるのですか』と」
「ぬう……。そう言われると、浅慮であったな」
そう言って、ヴェルナー様は足下に散乱する破壊された壁の残骸を見つめました。
まあ、告解において、相手の顔を見るのは本来ご法度であり、その壁を神職が破壊してしまったのですから、“欲望に負けた”とも言えましょう。
修行不足と窘められれば、その通りだとしか返せますまい。
(それに、サーラ様の事を言われると、弱いと言うのもありますけどね)
伯父様が信仰の道をえらばれましたのも、永遠の道をひたすら突き進み、愛する妻との再会を願えばこそですからね。
その妻から「情けない!」と言われれば、立つ瀬もありますまい。
まあ、全部“私の嘘”なのでございますが。
(ええ、本当に申し訳ございません、伯父様。すべてがあなたが元気になられる事を思っての話。まあ、元気になり過ぎて、妙な方向に突っ走っておられるようですが)
私もまた、足下の残骸を見やり、ヴェルナー様同様“己の罪の深さ”を自覚するのでありました。
嘘を隠すために、また嘘をつく。
私は天使の器なのではなく、正真正銘の魔女なのでございますね。




