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5-10 新たなる生を歩む

 伯爵の地位より退き、修行を積んで、聖職者となる。


 これが現状では最適解であると、考えた末の結論でございます。



(少なくとも、棺にすがりついて、嘆くばかりの日々よりかはマシでありましょう。ヴィクトール様の望んだ結果ではないでしょうが、それでも現状を考えますと、遥かにまともと言えるのではないでしょうか)



 息子として、父が立ち直って欲しいと願うからこそ、魔女わたしの下へやって来て、面倒な依頼をしてきたのです。


 とはいえ、生者の心から情報を掠め取る私の力では、ここまでが限界。


 死者の声を聴くのは、“別の方”の力ですからね。



「では、今よりこの暗闇の閉ざされた世界は終わり、新たな生を食むつもりで立ち上がるが良い、伯爵」



「ハッ! 天使殿の御助言、有難く頂戴いたします」



「では、最後にいくつか伝えておこう」



「お聞きいたします!」



「うむ。他者の声を聴けるまでに気を持ち直したのは結構な事だ」



 一応、元気には成りましたが、少し歪んでしまいましたか。


 まあ、あのまま衰弱死するよりかはマシと思っていただくより他ありません。


 ユーグ伯爵家の立て直しは、新たな若い当主にお任せすると致しましょう。


 無責任とか、そういうのではありませんよ。


 そもそも、受けたご依頼の内容は“ヴェルナー様に立ち直ってもらう事”でありますので、伯爵家の家内事情まであれこれするのは、契約の範囲を超えております。


 親戚筋とは言え、そこまで出しゃばるつもりはございませんわ。



「では、伯爵よ、まず注意しなくてはならない事がある」



「なんでございましょうか?」



「今より棺の蓋を開けるが、決して我が姿を見てはならん。我は死告天使(ザラキエール)、その力は死の概念そのものに通じており、生身の人間が見てよい姿ではない。死を意識し、捉えてしまえば、たちどころに死が心身に満たされてしまう」



「なるほど。そういう事でございましたか。肝に銘じておきます」



 まあ、私の姿を見られないための方便ですけどね。


 義理の姪が天使に扮し、口八丁いいくるめで誤魔化したと知ったのであれば、こちらにとばっちりが来てしまいます。


 声色こそ普段のそれとは違う風に喋っていますが、姿を見られてしまえば、さすがに誤魔化しようがありません。


 そこは、伯爵の真面目さに期待するよりありません。



「そして、伯爵よ、これから修行を積み、聖職者となるのであれば、“墓守トンベ”を目指すのが良いと告げておこう」



「“墓守トンベ”でございますか?」



「汝は“死”に触れ過ぎた。ゆえに、ある意味で冥界ハデスに最も近しい人間になったと言える。死者を見送り、あの世へと送り出す存在としては、これ以上に無い逸材である。汝に見送られる死者の魂は、正しくあの世へと旅立てるであろう」



「なるほど。そういうものでございますか」



「うむ。そして、先程も申し述べたが、今日の事を忘れぬよう、汝は戒めとして、寝床は必ず“棺”とするようにせよ。その方がより死者に寄り添える」



「ハハッ! 肝に銘じておきます」



 何やら奇妙な物言いかもしれませんが、これにもちゃんと理由がございます。


 いずれこの“奇行”が“奇跡”に変わるのでございますから。


 それを知るのは“私”だけ。


 あとはヴェルナー様次第と言ったところでありましょうかね。



「では、今より棺を開け、光あふれる世界を呼び起こす。努々、忠告を忘れるなよ」



「はい。おさらばでございます、天使殿」



「うむ。では、目を閉じよ。そして、我が姿を捉えるな」



 私は三度、棺の側面を叩きました。外にいる者に棺を開けるように促す合図です。


 やれやれ、これでこの暗闇ともお別れですか。もう二度とこのようなことがないことを神に祈りましょう。



「ではな、伯爵。愛する者との再会が汝の生きる糧とならん事を」



 勿体ぶった喋りの末に、ようやく棺が空き始めました。


 蓋が開き、光が差し込んでまいりましたが、まだ私は死体のまま。


 ヴェルナー様が出ていくのを待ちます。



(やれやれ、天使に扮する魔女などと、冒涜的なことをしてしまいましたが、これもまた人助け。神も笑って見逃してくれるでしょう)



 などと身勝手な事を考えつつ、ヴェルナー様が立ち上がるのを見守りました。


 言いつけは守っているようで、目は閉じられており、ゆっくりと一歩を踏み出して棺の外へと足を踏み出しました。


 これから新たなる生を歩んでいく。


 愛する妻はすぐ横にいませんが、歩みの先にいると信じて、ヴェルナー様はずっと突き進んでいく事でしょう。


 そして、ヴェルナー様が外に出ますと、私はまた棺の側面を叩き、蓋を閉じるように促しました。


 バタンとまた棺の蓋が閉まり、これにて私の仕事は終了。


 いささか歪な着地点とはなりましたが、それでも嘆く事を辞め、やって歩く事を覚えたのでありますから良しと致しましょう。


 満点ではなく、せいぜい及第点な立ち直りではありますが、これで勘弁してくださいね。


 にしても、本当に疲れました。


 死体に扮するのも、天使に扮するのも、これっきりにしてほしいものです。


 棺の中の狭くて暗い世界なんて、もう真っ平御免ですわ。


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