5-7 愛の言葉は永遠なり
「我が名は世界の創造主たる神デウスよりの使者、名をザラキエールと言う。ヴェルナー殿、落ち着かれよ」
天使に扮する魔女、という大芝居の始まりでございます。
上手く棺の中のサーラ様の御遺体と私の体を入れ替え、それを知らぬヴェルナー様を棺の中へと引きずり込みました。
そこまで武芸に長じていると言うわけではございませんが、衰弱し、正気を失い、しかも不意を討てば、大の男を棺に押し込めるくらいどうと言う事はありません。
さあ、少し狭い棺の中の二人だけの世界、始めましょうか、義理の伯父様。
愛しき伴侶の死を告げる、そんな冷酷な天使に成りきってみせましょうとも。
「バカな!? 死告天使だと? なぜこのようなことを!?」
狭い棺に大人が二人では、もうぎゅうぎゅう詰めでして、話す度に吐息がかかるほどでございます。
まあ、私は娼婦でございますから、荒々しい男の吐息など慣れたものです。
それに顔も見えませんからね。
義理の伯父と言えども、何の事はありませんわ。
「いかにも我は死を告げる天使ザラキエール。突然の降臨に驚かれているようだが、その理由を分からぬでもあるまい?」
「つ、妻の……、サーラの事か! 失せろ、悪魔め! 戯言を吐くな!」
天使と名乗ったのに、悪魔呼ばわりですか。
まあ、いきなり死体が動いたかと思うと、今度は棺の中に閉じ込められてしまったのですから、当然と言えば当然の反応。
いきなり天使を名乗ったとて、信じられないのも無理からぬ事。
困惑するのも当然でございましょう。
さあ、嘘を真実に置き換えましょうか。魔女の三枚舌で。
「我はサーラ夫人よりの言伝を預かって参った。本来ならば人一人のために言伝を伝えることはないのだが、サーラ夫人の身の上を案じて、こうして地上まで飛んで参ったのだ」
「さ、サーラからの言伝!?」
ヴェルナー様の声色が変わりました。生気が宿り、急に色めき立った感じでございます。
奥さんの事になると、本当に目の色を変えますね、この御方は。
「……だが、お主は本当に天使なのか? 甘言で地獄へ落とし込もうとする悪魔かもしれん」
惜しい。半分正解でございます。
あなたの横にいますのは、悪魔と舞踊を楽しみます魔女でございます。悪魔と魔女は持ちつ持たれつ。悪魔は顕現のために魔女を利用し、魔女も悪魔の知識を欲するものでございます。
まあ、あくまでその手のお話の中で、ということにございますが。
とはいえ、私は本当に魔術を行使できる魔女でございますよ。
「……美しい者が必ずしも美しいとは限らない。好いた者、愛する者こそが美しいのだ。そして、私にとって最も美しいのがあなたなのだ」
「そ、その言葉、私がサーラに求婚したときの……。なぜそれを!?」
「当人から聞いてきた。伯爵が疑った際、それを払拭するため、サーラ夫人に話を聞いてきたという証拠としてな」
まあ、これも嘘でございますけどね。
私の魔術は【淫らなる女王の眼差し】
触れた相手の情報を気付かれることなく、盗み取る魔術でございます。
こうして、棺の中で密着していれば、嫌でも相手の事など知れてしまうもの。その中から、一番効果的な字句を選んで告げてしまえば、相手の心を揺さぶるなど造作もございません。
愛する者に囁く愛の言葉、その効力は永遠であると信じたい。
少なくとも、伯爵様には効果覿面であったご様子。
実際、ヴェルナー様は焦り半分興奮半分と言った風で、私に吹きかかる吐息が、更に熱を帯び始めました。
なんと言いましょうか、ちょっとした蒸風呂のようで、熱いですわね。
「なんとなんと、本当に妻から話を聞いてきたとは! 失礼した、天使殿。主にお仕えする死を告げる者よ、無礼な振る舞いをお許しください」
「構わぬ。主は慈悲深く、愛に溢れる御方。我もまた、それに倣い、寛容ならんとする者。突然の顕現により驚かれたであろうし、気にはすまい」
真っ暗闇の中での天使っぽい偉そうな真似事は、思った以上に疲れます。これは早めにケリをつけて、さっさと帰路に着きたいものです。
いや、本当に熱いんですのよ。ぎゅうぎゅう詰めの棺の中は。
「正直に申そう。今、サーラ夫人の立場が危ういものとなっている。今は冥界にその魂を置いてはいるが、それも時間の問題。このままで地獄にまで行きかねんぞ」
「な……! なぜそんなことに!?」
まあ、愛する人がいきなり地獄行きなどと告げられては、平静を装うこともできますまいて。さて、ドンドン攻め込んで参りましょうか。
離間の策を用いるのには、まず心の隙を生み出す事。
その間隙にこそ、策を用いる穴ができあがるのですから。
愛するがゆえに、愛する者の地獄遺棄など許容できないのは道理。
さあ伯爵、その絆の強さを、愛の深さを、逆に利用させていただきますわ。
お二人の仲を引き裂き、死こそが二人を別つ境界であるとお教えいたしましょう。




