4-23 謎を残して宴はお開き!
「結局、お婆様の敷いた道筋のままに進むしかない訳ですか」
少なくとも、現段階での私の見解はこれです。
お婆様の遺産は色々とありましたが、やはり最重要なのは人脈!
それを今宵、とことん思い知らされました。
「幽世の存在、あるいは“雲上人”、どれもこれもお婆様の伝手ですからね。謎を追いかける段階においては、これを利用しないという選択肢はないです」
「だな。こちらも密偵頭と言う立場で、情報網は持ち合わせているが、それはあくまで“人間の世界”での話だからな」
「まあ、アルベルト様にはそちらをお願いする事になるでしょう。私はお婆様の縁故から、人ならざる者への接触を図ろうかと思います」
「むしろ、そちらの方が危なそうだな」
「本日の来客くらい、話の分かる御仁であると良いのですが」
私自身、初めて“集呪”と接触しましたが、教会の言う悪霊の類とはどうにも雰囲気が違い過ぎました。
神を滅ぼし、世界を破滅させる存在。そういう話でしたが、どうにも“人間臭い”と感じてしまうほどに砕けていました。
もちろん、あの二人が特別そうだとも言えるかもしれませんが、それは今後の話ですね。
もっとも、そんな人外の存在がホイホイ人前に出てきて、会話が成立すればの話ではありますけど。
「さて、それでは今宵は引き上げるとするか」
「あら、もうお帰りで? 酒も抜けてしまいましたし、今少し飲まれていかれてはどうでしょうか? 御自身のお財布からでありますし」
「ちっ、さすがに覚えているか」
「はい。銭儲けに関しては、魔術以上にうるさいですから。人は裏切りますが、金は嘘をつきませんから、大事に育てさせていただきます」
「魔女の風上にも置けぬ物言いよ」
「あら。私のお婆様も、似たようなことを仰っていましたよ。『金に命を懸けるべきではないが、金がなくては何も出来ない。だから、大事に金づるを育てなさい』と」
「まあ、この屋敷を見ていれば、その通りだと頷かざるを得ないがな」
ニヤリと笑うアルベルト様の意見には、完全に同意いたします。
男爵程度の家格で、この規模の御屋敷は珍しいですからね。
しかも、これが本屋敷ではなく、別邸扱いなのです。
我が家の財務状況の強さを見せつける、格好の材料でございますわ。
「しかしまあ、あれだな。最大の謎はやはり、大魔女はこの世界で何を見て、どう世界を動かそうとしたのか、だな」
「ですわね。所詮、銭儲けも、事を成すための手段であって、目的ではなさそうですから。動くのには、金と人脈がいる。だから、揃えた。実に理に適った事です」
「人ではない視点、そう評するべきか」
「でも、首無騎士は“人のままで”とも言っていましたわ」
「クハハハ! それもそうだな! 案外、死して怪物にでも生まれ変わるとでも思っていたやもしれんな」
笑いながら言うアルベルト様ですが、私はその一言でゾクッと来ました。
そう、長年の勘とでも申しましょうか。
当てずっぽうで口にした事が、正鵠を射る感覚。
(今の冗談が、もし真実だとしたらば? そもそも魔女や魔術師は、世界の裏に潜む理に触れる存在。生身の状態でありながら、もっとも“呪”を受けたる存在。その集まり具合や、何かの拍子に“集呪”へと変じるのだとすれば、あるいは……)
そこまで思考を進めて、私は恐怖で考えるのを中断しました。
どうやら想像していた以上に、教会は“嘘”をばら撒き、それが真実であると人々に錯覚させているのではないか、と。
もちろん、教会がそうであるならば、その裏にいる“雲上人”も当然、関わっているのは必定。
同時に、神話や伝説の改竄を行い、ある種の愚民化政策を敷きながら、お婆様との交渉の後、大きく方向転換したのはなぜか?
なにしろ、かつては公然と行われておりました“魔女狩り”がなくなり、魔女の存在を公に認めたのですから。
(当然そこには、何かしらの理由があるはず)
考えれば考えるほどに深みにはまり、戻れなくなりそうという予感。
それゆえに、一時的な思考停止。
一人で考えるにはあまりに重過ぎるし、かと言って“覚悟”と“知識”のない者と議論を交わす事もできない。
「……ヌイヴェルよ、どうした?」
ここでアルベルト様が声をかけ、私も思考の渦から掘り起こされました。
いつの間にか自分で帰り支度を整えられ、外套や仮面を身につけておりました。
もてなす側として、ちゃんと身支度を整えて送り出すのが常識だと言うのに、なんという失態でありましょうか。
魔女としてではなく、娼婦として今はあるべきです。
そう自分に言い聞かせ、少しぎこちないながらも笑顔を作りました。
「では、アルベルト様、本日は何かと刺激的な一日でありましたが、無事に乗り越えられて、“神”に感謝いたしましょう」
「冥界に住まうという名も無き邪神でなければよいのだがな」
「まさにその通りですわね。ですが、アルベルト様、今宵の事はどうか御内密にお願いいたします。特に、大公陛下にはくれぐれも」
「分かっている。あのお節介な兄上の事だ。お気に入りの魔女殿が関わっているとなれば、余計な首を突っ込みかねんからな」
「はい。少なくとも、今少し情報を集めてからでないと、それこそ夢や幻でも見たのかと言われそうです」
「だな。実際に先程の二人のような“集呪”にあってもらうのが良いのだろうが、人外の存在がそんな気軽に出て来るとも思えんし、捕縛できるとも思えんしな」
「あるいは、お招きするのも良いかもしれませんわ。ほら、伝承によりますと、吸血鬼は他人の家に入る際には、家主の招きが無いと入れないとも言いますので」
「おお、それもそうだな。吸血鬼も首無騎士同様、数々の伝説に彩られた怪物であるからな。もし、会話が成立する知性と穏当な性格を持っているのであれば、会ってみたいかもな」
そう言って、アルベルト様は軽く手を振りながら部屋を出て行かれました。
しかし、それが答えなのかもしれません。
(人外の存在について知るのであれば、人外の存在と接触するのが一番。さて、それはどんな手段になるのでしょうか……?)
今回の件にしても、偶然の要素が大きい。
森の中でアルベルト様が偶然に怪物と遭遇した事。
怪物が出した謎かけの答えを求めて、私の下へやって来た事。
答えを差し出し、それでもなお付きまとって、ここまで追ってきた事。
そのやって来た怪物が、祖母と知己であった事。
(すべてが偶然。しかし、そんな難しい確率を超えねば、会えない存在ということでもある。さて、その偶然がまた訪れるでしょうか?)
難しい。しかし、避けては通りたくない道でもあります。
謎かけの答えは“自由”
自由と責任は天秤のようなもの。責任を重くすれば、それに比して自由は上がっていき、責任を軽くすれば、自由は沈んでいくものでございましょう。
今の世の中、女性は責任から解放される代わりに自由がない。では、どこまで責任を負い、どこまで自由になりたいか。今は動かぬ天秤をじっと見つめるより他ありません。
私のように好き勝手出来る方が珍しいのでありますから。
しかし、それも勘違い。
私もまた自由を謳歌しているようで、お婆様の残した謎の解明と言う、使命というなの責任を背負わされていたのでございます。
浴びる責任は一人で受け止め、問題も自分で解決しておりますが、今宵の一件でそれが単なる独りよがりであると痛感させられました。
(責任あっての自由。使命を全うしてこその自由。それができるようになったら、本当に自由を謳歌していると、胸を張って言えるのでしょうね)
皆様も自由という道を闊歩したいとおもわれるのでしたらば、この事を努々お忘れなきように。
しかし、私は登り切ってみせますわ。
そう、宿木のごとく、伸びてまいります。好き放題に絡まり、枝を伸ばして日を求める者。どこまでも自由に大きく高くなっていきます。
それこそ、雲の上まで伸びるくらいには!
私は高級娼婦ヌイヴェル。魔女で、男爵夫人で、神に救いを求めて天を目指す哀れな一本の宿木でございます。
さてさて、次のお客様はどちらの方になるでしょうか。
~ 第4章『あらゆる女性が欲するもの』 終 ~
これにて第4章『あらゆる女性が欲しがるもの』は完結でございます。
皆さん、この謎かけの答え、分かりましたか?
昔は現代とは比べ物にならない程、女性の権限が制限されていました。
三界に家無し、の言葉が示すように、女性の意志など存在せず、半ば道具のように使われてきました。
そんな中にあって『自由』という珠玉にも勝る最高の宝石。
望んでも手に入らぬ物としての答えは『自由』というわけです。
前半はギャグを取り入れつつ、徐々に深みにはまってき、終盤は物語の根幹となる部分をシリアスな展開で進めていきました。
ギャグだけでも、シリアスだけでも、作品はかけないんです~(泣)
(´;ω;`)
まあ、それはさておき、次もすぐに更新をかけさせていただきますので、ご期待ください。
次章「死を告げる天使」、張り切っていきますぞ!




