4-3 幽世の存在
「首無騎士ですか……」
アルベルト様より人の手に余る怪物の名を聞き、またしても厄介事がやって来たと、私は少々渋い顔になってしまいました。
ジュリエッタも似たような顔をしておりますが、ラケスは意味が分からないのか、首を傾げていますね。
まあ、知識の無い者にはせいぜい、おとぎ話か何かだとしか思わないでありましょうし、ある意味で真っ当な反応ですわね。
「ラケスや、この世の始まりの神話を知っていますか?」
「もちろんです。光の神デウスとその従属神が、この世界をお造りになられましたが、その世界を食らおうとする邪悪な存在ガンドゥルが現れました。両者の熾烈なる戦いの末に神々は肉体を失い、世界に溶け込み、意思、精神体のみの存在となり、今も天界に留まってる」
「うむ。おおよそそのような感じね。そこにいくつかの要素が加わって、今の世界を形作っています」
では、ラケスのために、魔女直々に神学と魔術の講義と参りましょうか。
「先程ラケスが言った邪悪なる“ガンドゥル”、これはそもそも存在すらしてないわ。生物でもなく、精神体でもない、言ってしまえばただの“ゴミ”」
「ゴミですか!? なんか聞いた話だと、闇を統べる邪神だの、世界の根幹を揺るがす破壊の象徴などと、言われたりしていますけど!?」
「そんな大層なものではない。まあ、有り体に言ってしまえば、残りカスね。例えばな、ラケスよ、お前が食事をしたとしよう。料理が盛ってあった皿はどのような状態かしら?」
「肉料理とかだったら、肉汁とかが残ったりしますし。まあ、汚れていると言ったところでしょうか?」
「そう。で、その皿に残った肉汁なりパンくずなりが、“呪”と呼ばれるものであり、それが寄り集まったものを“集呪”と呼ぶのが正しい」
塵も積もれば山となる。
もし、適切な処置が成されなければ、その“ゴミ”や“食べカス”はどうなるのか、説明の必要はありますまいが、敢えて言いましょう。
“腐る”と。
そして、腐ったものが寄り集まったらどうなるか?
“臭い”のです。
「神々は世界を作りましたが、その際にどうしても不要な部分を削ったりします。野菜を切る時に、外側の皮を剥いたりしますわよね」
「ああ、なるほど。使わなかった皮の部分が“呪”と言うわけですね!」
「そうそう。そこで神々はそうした不要な物も分解し、魔力に再構築するのですが、この広大な世界を作っている内に、どうしても再利用の循環から漏れてしまった存在があったというわけです」
「ん~、つまり、処理されなかった残りカスが腐敗し、その腐敗が積み重なった呪いのごとき存在になったのが“ガンドゥル”というわけですね」
「神の持つ力は、人智の及ばぬ領域。ゆえに、その残りカスと言えども、神力が変じて“呪”となれば、それはとてつもない災厄となる」
「そして、その歪みが積もり、“集呪”となれば、最悪、世界をも崩壊させてしまうのですね」
うむ、呑み込みが早くて結構。
兄のアゾットほどではありませんが、妹の方もなかなかに聡いですね。
「その腐敗が世界に溶け込み、ようやく形作られた世界に致命的な欠陥が生じるまでになってしまった。それを神々が食い止めるも、世界を創造した後に想定外の労力を割いてしまった結果、地上における肉体を失い、精神体になってしまった。それが正しい神話なのですよ」
「ほへ~。そうなんですか! でも、教会じゃそんな事、教えてませんよ?」
「その方が都合が良いからな。世界は欺瞞に満ちているものです」
上流階級の社交界こそ、まさにその典型。
嘘も方便と言わんばかりに、平気で相手を騙し、出し抜こうとする。
そんな“腐った連中”が跋扈している世界ですからね。
まあ、この話自体はお婆様からの受け売りですけどね。
あの人もどこまで世界の深淵を覗き込んでいたのか、底が知れません。
「よいか、ラケス。この世は神々からの恩寵篤き尊き血筋の者が治める、という思想で成り立っている。いや、そう錯覚させられていると言っても良いか。遥か高みに存在する“雲上人”と、“熱き心の百人組”の末裔を称する貴族によってな」
「あ、それなら聞いた事があります! 神様の直系の子孫が“雲上人”と呼ばれるアラアラート山に住んでる貴人で、神の言いつけを守り、繁栄を約束されたのが今の貴族だと」
完全に染まり切ってますね、教会の経典そのままに。
統治するのに、神話をそのまま当てはめて、“都合の良い事実”だけを見せてやるのが有効ですからね。
市井の民草には、“無知なままで”いてもらった方がやりやすいというわけです。
(しかし、これに手を加えたのは、間違いなくお婆様。迫害の対象であった魔女や魔術師の地位を向上させ、魔女狩りがなくなったんですからね)
どこをどうやればそんな事ができるのか、結局教えてくれませんでしたからね。
手を加えたのは事実としても、何をどう手を加えたのかは分からず仕舞い。
しかし、私はこれをお婆様からの最後の試験だと考えています。
その謎を解いてみせよ、と。
いくつかの手掛かりはすでに頭の中にありますが、ピースがバラバラで連結されていないのが現状です。
まだまだ道は遠い、というのが率直な感想です。
「で、ラケス、“雲上人”が尊ばれている理由は何?」
「確か、神々の力を今なお行使する事が出来て、闇に潜む邪悪な存在を打ち倒せるとかどうとか」
「その通り。“雲上人”は魔女や魔術師以上に魔術を行使でき、人ならざる存在と人知れず戦っている。先程述べた“集呪”は世界のどこにでも潜み、精神世界から物質世界に飛び出して、物質世界にて憑代を得て形となって現れる。それを浄化できるのが、“雲上人”と呼ばれる存在」
「凄いですよね!」
「まあ、それも真っ赤な嘘なのですけどね」
「はへ!?」
「だって考えてごらんなさい。その人ならざる怪物と戦う姿を、誰も見ていないのですから、なんとでも言えますよ」
戦っているかもしれませんが、実際に見ていない以上は信用しないというのが、私の信条でございます。
信じて欲しければ、実際に見せてほしいですわね。
(逆に言えば、“雲上人”がかつて教会を挟んで“魔女狩り”をしていたのも、“商売敵”になり得る存在を潰していたからとも言える。……穿ち過ぎかしら?)
魔女や魔術師は魔術を行使し、あるいはその中から人ならざる者を倒せる者が出てくるかもしれません。
実際、目の前にいるアルベルト様は、人外の領域の飛び出しかねないほどの実力者ですございますからね。
世界に溶け込む“呪”を色濃く受け継ぐ者、私はそんな“魔女”でございますからね。
「まあ、実際に人ならざる者が出てきたからな。早く退治して欲しいもんだ。もちろん、ちゃんとやっていればだが」
アルベルト様の声色からも、若干の不満を感じ取れますね。
実際に怪物に襲われたわけですし、しかも自分の魔術が通じないほどの規格外の相手です。
今こそその大いなる力を見せてみろ、とでも言いたげでございますね。
「それでじゃ、ラケス。そうした世界の影に漂う“呪”を色濃く受けるのが、魔女であり、あるいは怪物なのよ。今回出てきた首無騎士なんて、その集まり具合が尋常ではないほどの強敵。出会えばまず死ぬと呼ばれるほどの相手。死を運ぶ騎士、とも言われていますからね」
「でも、子爵様は生きてらっしゃいますよ?」
そう、あの最強クラスの化物である首無騎士と遭遇し、なおも生きているのは信じられない事です。
そこは、アルベルト様の立ち回りの上手さなのでしょうか。
しかし、アルベルト様は首を横に振り、そうではないご様子。
「いや~、違うのだ。はっきり言えば、“遊ばれている”と言った方が正しい。こちらの魔術ではどうしようもなかったからな」
私がお会いした人間の中では、お婆様を除けば最強だと思っていますアルベルト様が、こうも落胆しているとは驚きです。
やはり上には上がいるものだと、私も痛感いたしました。




