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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第12章 魔女はシンデレラを売り飛ばす
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12-16 十三番目の部屋 (4)

 巡礼者グノーシス様の言う通り、一晩明けたエイラはすっきりしていました。


 いつもの闊達な雰囲気は消し飛び、お淑やかな性格へと様変わり。


 これにはさすがに、私も、夫であるオノーレもびっくり仰天。


 もちろん、ディカブリオやアゾットでさえ、目を見開いて唖然とする有様。


 それほどまでにエイラは“別人”になっていたのです。



「……これは一体、どういった趣向でしょうか?」



 皆の視線は豹変したエイラに釘付けですが、私だけはグノーシス様を凝視。


 あまりにも不可解。


 あまりにも理不尽。


 どういう理屈かは知りませんが、ネフ司教の豹変ぶりもございますし、間違いなく何らかの形で精神に作用する魔術を行使されたのでしょう。


 人の心をいじくり回すなど、言語道断ですわね。


 まあ、私も“覗き見”をしますので、強くは言えない立場ではありますけどね。


 そんななんとも形容しがたい空気の中、深く被っていたフードを外し、グノーシス様は素顔を晒して来ました。


 そして、晒された素顔には、記憶の中から呼び起こされる。


 そう、今、目の前に表れた顔は、カトリーナお婆様の葬儀の時にちらりとですが見た顔。


 銀髪に白い肌、そして、金色に輝く瞳。


 それは“雲上人セレスティアーレ”の外見的特徴と一致しました。



「あなたは、『風来坊ヴァガボンド』様……?」



「覚えてくれて嬉しいですね。お久しぶりですね、大魔女の後継者」



 隠しておく必要もなくなったのか、手袋も外し、こちらもやはり白い肌。


 そして、スッと手を出し、握手を求める。



(私の魔術を知っていて、その上で素肌を晒して握手!? 何が目的!?)



 肌の触れ合った相手から情報を盗み見る【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】。


 私の魔術であり、少数ではありますが、この術の事を知っている者はおります。


 この場にいるディカブリオやアゾットがそれ。


 そして、『風来坊ヴァガボンド』グノーシス様もまた、お婆様の関係者。


 知っていても不思議ではありませんし、現に私に近付く際は肌の露出を一切なくす服装でやって来ました。


 しかし、握手を求めてくる。


 心の中を敢えて見せるのか?


 それとも、法王聖下がそうであったように、そもそも通じないか?


 そんなこちらの焦りと躊躇を見透かしてか、グノーシス様はニッコリと微笑む。



「おっと、これは失礼した。やはり人前で“お肌の触れ合い”をするのは、少々はしたないね。では、部屋へ行こうか」



 そう言って、グノーシス様は前へと進み始める。


 案内不要、そう言いたげに“十三番目の部屋”に向かう会談へと歩く。



(隙だらけのようで、逆に掴みどころのない方ですわね。どこかお婆様のように、そこの知れない相手ですわね)



 何しろ、吸血鬼の大公女ダキア様のお話では、『風来坊ヴァガボンド』が史上最強の“雲上人セレスティアーレ”であり、祓魔師エゾルジスタらしいですからね。


 現に、9年前の大公家の連続変死事件も、この方の登場であっさり収束。


 今もまた、人の心を弄ぶという恐ろしい術を見せ付けてきましたからね。



(あるいは、私の心に細工をする事が目的かしら?)



 これは踏み込みが足りませんでしたわ。


 危険を承知で、握手を交わしておくべきでした。



「あ、あの……」



 屋敷の奥へと向かおうとするグノーシス様を、オノーレが呼び止める。


 その横には、腕と腕を絡めて寄り添うエイラがおります。


 いつもの(・・・・)二人からすれば、有り得ないほどの密着具合。


 オノーレも困惑しっぱなしですわね。



「こ、これ、エイラ、どうにかなりませんか?」



「何を言う。それはお前が望んだ結果であろう? 口やかましいじゃじゃ馬はいらないと、そう言っていたではないか?」



「そ、それは……」



「だから、心を入れ替えた。気性荒いじゃじゃ馬から、大人しくて従順な駿馬にな。お前が望んだ結果だ。喜ぶが良い」



「は、はあ……」



「だから、お前自身も心を入れ替えたまえ。ただし、“自力”でな」



 突き刺さる物言いはグサリと来ますわね。


 まあ、衆目の前でああも反応に困る喧嘩をしたのですし、当然と言えば当然。


 少し反省してもらうためにも、あるいはこのままでいさせる方が良いかもしれませんね。



「オノーレ、エイラ、下がってよいぞ。昨晩、我慢した分、しっかりと励みなさい」



 私も悪ノリで、オノーレを突き放しました。


 従順で自分の言う事を何でも聞いてくれる女房、それがあなたが欲したものですし、実際手に入ったのですからね。


 魔法をかけられたシンデレラは、王子様の下へ。


 これにて一件落着!


 となってくれれば良いのですが、問題はこちらの方。


 再び歩き出したグノーシス様と、それより一歩下がって追随する私。


 向かうは『魔女の館』の“十三番目の部屋”。


 塔の上にある、一部の人間しか入る事の出来ないの部屋。


 昨日までは、私とフェルディナンド陛下の密会の場所であり、楽しい思い出の詰まった場所。


 ただまあ、今となっては異腹の弟と逢瀬を重ねてきた、罪の象徴とも言うべき空間へと変わってしまいましたが。


 今までの浮かれ具合が、恥と罪となって返って来るとは、恐ろしい限りです。


 そんな部屋に、今日は“雲上人セレスティアーレ”を招き入れての会合。


 さて、どんな厄介事が飛び出すやら。

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