12-7 人妻競売 (4)
「さあさあ、皆様、お立合い! 今日は連れ合いの方に幸運をもたらす雌馬をご用意いたしました。一度足を止めて、ご覧になられていただきたい!」
いよいよ始まりました“人妻競売”!
あろうことか、妙齢の女性を売り飛ばそうとする強欲なる魔女はこの私!
別に罪の意識は一切ありませんよ。
なにしろ、売主(夫)と商品(妻)の二人からは、しつこいくらい念押しをして確認しましたので。
(……で、実際のところ、二人の顔色は激変。『本気か!?』と言いたげな顔になってしまいましたね~。でも、知りません! 身から出た錆ってやつよ!)
まさか本気で“売り”に出すとは思ってもいなかったのでしょう。
オノーレは、「脅せばちょっとは大人しくなるだろう」と考えた。
エイラは、「疲れてその内、諦めるだろう」と踏んだ。
いつもよりかは少々激しい夫婦喧嘩も、なんやかんやで着地するだろうと。
しかし、私は「本当に競売を始めた」のです。
二人を少しばかり懲らしめるためにね。
「ほら、そこのあなた! よくご覧になってください。どうですか、この手入れの行き届いた綺麗な金髪に、透き通った瞳。健康そうな肌艶に、豊満なる乳房。見事なものでございましょう?」
ここで扇子で乳房をペチペチ叩き、周囲にそこのところを強調!
実際、エーラは中々のものをお持ちで、足を止めた観衆の中には生唾を飲み込む者までおりました。
うむ、結構結構! 男を釣るには、やはりスケベ心に訴えかけるのが一番でありますわね。
いささか品のない売り文句ですが、祭りの雰囲気に圧し潰されるようではダメ。
お上品な貴婦人の仮面を脱ぎ捨て、今や一人の行商人と成り果てた私。
ここでも魔女のお得意“口八丁”が役に立つというものですわ。
「この雌馬のお名前はエイラ! 齢は十七歳で、今まさに食べ頃の出来合いでございますよ! お値段たった銅貨1枚から! 銅貨1枚ですよ! 今買わずにいつ買われますか? 今でしょ!? さあ、お買い上げください!」
子供のお小遣いでも出せる少額からの寄付です。
“寄付”とは競売を行う際、ここから入札可能という、最低落札価格の事を指して言います。
本来であるならば、もう少し高めの設定をするのですが、誰でも入札できる間口の広さを用意するため、この少額スタート。
これなら誰でも手が出ると言うものです。
(これで庶民の財布でも勝負に出れる価格。逆に御貴族様が仮に紛れていたとしても、“品の無さ”から敬遠する。つまり、エイラを買い取ろうとするのは、祭りで浮かれた酔っぱらいの庶民!)
これなら、資金的にも余裕で勝てます。
あくまで、競売の“毒気”を吸わせて、二人の肝を冷やしてやることが目的なのですから、実際にお買い上げになってもらうわけにはいきませんからね。
あくまで、芝居、狂言、嘘の競売です。
(……と言っても、大っぴらに“人身売買”は厳禁ですからね。あくまで“年季奉公”の契約という形は崩さない)
首にかけられた値札にも、『御奉仕1年!』と書き込んでおきましたわ。
一年間の奉公契約なら、小間使い程度であれば、金貨で2枚が精々。
“夜の御奉仕”を込みで考えましても、5枚がいいところですわね。
まあ、エイラは見た目はなかなかのものですし、あるいは予想の最高値を叩き出して来るやもしれませんがね。
「なら、銅貨5枚で買うぞ!」
と、ここで初めての参加者登場!
まあ、よく耳をすませば分かる事ですが、あの声はアゾットですわね。
ちょいと声色を変えて飛び出した声ですが、冷静さに欠く今の二人には聞き分ける事は不可能!
まさか本当に値段が付くとは考えていなかったようで、焦りの度合いが加速していきますわね。
「ちょちょちょ、本気で売るんですか!?」
「何度も確認したわよ、オノーレ。売れた金額で次の奥さん探しなさい」
ぶっきらぼうに突き放す私に、いよいよ汗をかき始めるオノーレ。
エイラの方も、明らかにビクついて来ましたわね。
なにしろ、見ず知らずの男に“年季奉公”という名の奴隷契約を結ばされる事になりそうなのですから。
「ヌイヴェル様! 本気なんですか!?」
「本気も本気。善い人に巡り合えるといいですわね」
とうとう泣きそうなエイラですが、知らないと言わんばかりに素っ気ない態度で応じました。
何度も念押ししましたからね。
こうなるぞ、と。
まあ、魔女の苛立ちに触れたのですから、少しばかり怖い目に合って、反省しなさいね、二人とも!
これでもかなり優しめの“魔女による制裁”なのですから。
夫婦喧嘩は犬すら食わず、魔女も言わんや。
あくまで意地悪な仲人の義務というやつでありましょうか。
ああ、もしかすると、やはり昨夜の件で思っていた以上に神経が張り詰めて、不機嫌になっていたのかもしれません。
でもまあ、これで大人しくなるのであれば、二人にはいい薬ってやつですわ。
「マジで売るんっすか!? なら、俺、銅貨20枚で!」
「はい、銅貨20枚入りました!」
「なに、ケチ臭ぇこと言ってんだ! こちとら銀貨3枚だ!」
「おっとぉ! 銀貨、銀貨3枚来ました! 上、上ないですか!?」
アゾットの掛け声が呼び水となり、下品な男たちが群がって、どんどんねが釣り上がっていきますが、まあ、大した金額ではないですね。
私もどんどん煽っていきます。
二人もバカな事をしたと、だらだら汗をかいてますね。
魔女を怒らせると、こうなるのですよ。
一応、“身内”の範疇でありますから、かなり手加減していますが。
肝も冷えたし、そろそろお開きにしましょうかと思った矢先、それが現れました。
「金貨で50枚だ!」
嘘か真か、とんでもない金額を提示。
そして、私、ジュリエッタは呆然となる。
「「……え?」」
そんな金額、想定していませんわよ!
どこの誰ですか!?




