12-4 人妻競売 (1)
口論の続くオノーレとエイラ。
しょんぼりとしたジュリエッタ。
我関せずを無言で貫くアゾット。
そして、全方向から“圧”のかかるこの私。
(ええい、本当にどうしましょうか。折角の祭だというのに、悪目立ちしすぎですわね。我が家の名声に傷が……!)
昨日の今日ですからね。
昨夜の宴では、我がファルス男爵イノテア家は、場末の貴族とは思えぬほどに目立ってしまいましたので。
アールジェント侯爵のゴスラー様に贔屓にされたり、フェルディナンド陛下からは数々の厚遇を受け、居並ぶ貴族の前でその親密ぶりを見せ付けたり。
挙げ句、魔女レオーネとの一騎打ちを制して、喝采を浴びたりと、色々ありました。
それらを快く思っていない貴族も多いですからね。
成り上がりの男爵風情が、と。
「さて、アゾットよ、どうしたものかな?」
「もう無視なさっては? はっきり申せば、収拾の糸口が見えません」
きっぱり言い切るアゾットに、私も思わず唸ってしまいますね。
実際、オノーレとエイラの口論は激しさを増すばかりですから。
「もううんざりだな! 別れる! 俺はもうこの女とはおさらばしたい!」
「それはこっちの台詞よ! こんな横暴な奴なんか、こっちから願い下げだわ!」
「ちょっとばかし美人だからって、中身が最悪じゃあな! たまらんたまらん!」
「ムキ~ッ! ヌイヴェル様の紹介じゃなかったら、とっくに別れてるわよ! 筋肉もりもり変態野郎が!」
さらに激しさの増す口論に、こちらの割り込む隙がありませんね。
仮に割り込めたとしても、落ち着かせる材料もない。
こういう感情剥き出しの理知の欠片もない口論は、一番やりにくいのですよね。
私の話術も、これにはお手上げです。
夫婦喧嘩は犬も食わぬと申しますが、もちろん“白蛇”も食べませんとも。
ええ、食べたくありません。
「せめて、最後に小遣い銭くらいにはなりやがれ!」
「大金積まれて売られてやるわよ! それであたしの価値を再認識しても、後の祭りだからね!」
「なるかよ、バァカ!」
「ああん!?」
本当に収拾がつかなくなってい参りました。
なにより、根本的なことが二人の頭から抜けております。
できないのですよね、“別れる事”は。
「のう、お二人よ、一応言っておくが、結婚の取り消しはできんぞ。他所の国ならいざ知らず、我が国においては離婚は認められておらん。これは庶民であろうが、貴族であろうが、共通の規則じゃぞ」
これは本当。
教会法において、“結婚”とは神に対して行われる神聖なる契約の事です。
夫婦となる者が神の前で誓いを立て、新たに夫婦となる事を約束するという契約、それが“結婚”なのです。
そのため、“離婚”とは、神との契約を一方的に破棄する行為であり、人の都合で神との誓いを破るなど以ての外、というわけです。
一度結んだ夫婦の誓いを破り、離婚をするなどという事は貴族であっても不可能。
教会が絶対に認めませんからね。
しかし、オノーレは特段気にした様子もなく、吐き捨てる。
「知ってますよ、離婚できないってのは! だから、前払いの出稼ぎ扱いって事にして、こいつを厄介払いってことにするんでさぁ! 出向先でどうなろうが、知ったこっちゃありませんがね」
「無茶苦茶な理屈じゃな」
要は、自分の女房を“年季奉公”に出すという事ですわね。
働き先と契約し、決められた帰還の間、働くというやり方ですわね。
借金のかたに結ばされることも多く、呼び方を変えた奴隷制度と揶揄される事もあります。
現に『処女喰い』の事件の際も、これを利用して阿呆共を引っ掻けましたからね。
「つまり、エイラを競売にかけ、落札者に引き渡すと!?」
「その後、どうなろうが知ったこっちゃないですけどね」
「無茶苦茶にも程がある……」
呆れ返る私ですが、オノーレはやる気満々な様子。
なにしろ、エイラを縄で縛り、“誰かこの雌馬を買え!”などと書かれた札をぶら下げてますからね。
「いや、それはさすがにエイラが可哀そうじゃろ……」
「あたしは別にいいですよ。このバカと離れられるんなら!」
「そこまで嫌か……」
「はっきり言いますけど、この件に関してはヌイヴェル様にいくらでも文句を言いたいくらいなんですからね!」
「それを言われると……、辛い」
言い返す言葉もありませんね。
こればっかりは私のやらかしです。
二人の相性云々考えずに、オノーレの嫁探しに乗っかり、領内の未婚女性をあてがった結果ですからね。
(この辺りは、発想が貴族寄りになっていたのかもしれませんね)
貴族では、結婚は家と家を繋ぐ証明のようなもの。
結婚する二人の相性なんぞは二の次で、重要なのは家同士の繋がりと、跡継ぎを生む事ですからね。
一方、庶民の場合はそうではありません。
家の繋がりを重視するのは、相応の地位に就いている者の話。
それこそ、私の上客(?)でもあるヴィニス様がそうですわね。
ヴィニス様は銀行支配人の娘で、夫のグリエールモ様は市長。
庶民と言えども、上澄みの上澄みです。
一方、オノーレは男爵家の厩舎番、エイラは網元の娘となります。
まあ、世間的にはそれなりと言ったところではありますが、そこまで家同士の繋がりが重要視されるほどではありません。
自由恋愛も許される。
それを考えずに、拙速に二人を引っ付けてしまった私の失策です。
「しかし、やはり“売る”と言うのはいくら何でもやり過ぎ……」
「売るんじゃありません! “年季奉公”です!」
「それを“売る”と言うのですよ」
「誰がなんと言おうと、“年季奉公”ですから問題ありません!」
問題しかないんですけどね、オノーレの物言いは。
しかし、これは困りましたね。
というか、今の理論も『処女喰い』の事件の際、私が使った論法ですわね。
囮役のリミアを“年季奉公”に出そうとして、犯人側から“売る”という言葉が飛び出して来たものです。
言葉を取り繕っても、年季奉公は“奴隷契約”だと広く認識されているという事ですわね。
まあ、所詮は契約の内容次第です。
「主人よ、もうこれは手のつけようのない状態です。好きなようにさせるのがよいのでは?」
アゾットも呆れ顔でさじを投げてしまいましたわね。
その気持ち、凄くよく分かりますとも。
(しかし、二人を結婚させたのはこの私。離婚も当然不可。そうなると、関係修復が大前提。ある意味、アルベルト様からの仕事依頼より厄介かも……)
逃げ道のない厄介事、面倒この上なし。
どうにかして、二人の気持ちやら性格を書き換えてやらねばなりませんね。
歪んだ心を真っ直ぐに叩き直せる金槌でもないでしょうか?




