11-49 別たれた道 (7)
結婚とは、女性(伴侶)の独占であり、“強欲”である!
娼婦とは、全てを受け入れる者であり、“寛容”の象徴!
(まあ、“魔女の視点”、魔術的要素を考え見ればこうなるのです。一般的な社会常識では、こうはなりませんけどね)
神話において、原初の人間アーダームには二人の妻がおりました。
“聖光母・ハヴァ”と“魔女王・リリン”がそれ。
ハヴァは夫に従順でしおらしい女性であったと伝えられておりますが、リリンは粗暴な性格で、それゆえに追放されてしまいました。
しかし、ハヴァより生まれてくる子供はすべてが“男児”であり、それでは未来を紡ぐ事ができない。
一方、追放されたリリンもまた子を成すも、生まれ出た七人の娘は罪深き存在となり、その罪で人そのものを汚そうとした。
(これが神話における初めての結婚、子作り、罪の内包と継承。聖光母より生み出されし七つの美徳、魔女王より生み出されし七つの大罪、その全てを血肉に備え、聖者にも咎人にも成れる存在! それが人間!)
だからこそ、男子しか生まれない“雲上人”は聖なる母の正統なる血筋を謳っているわけです。
雲の上は清浄なる世界であり、地上には罪あるいは呪が溢れているというのが、おおよその高貴な方の考え方。
地上においても、神への感謝を忘れず、祈りをささげた熱心なる信徒の末裔が貴族であり、その他大勢は罪深き下賤な存在という考えがまかり通っております。
そうした神話の話が今、私の“腹”で再現されようとしているのです。
「つまり、誰であれ“全てを受け入れる”という態度が“寛容”に通じ、魔術的な要素で言えば娼婦は巫女でもあるという事か」
「はい。原始社会においては祭政一致の体制であり、神託をもたらす巫女は“社会共通の財産”とみなされておりました。そこから徐々に男系社会へと変じていき、それでもなお女官は巫女の役目を果たし、同時に共有財産であるがゆえに、宮中においては誰とでも相手を勤めたと言います」
「巫覡、巫女は神の使いにして、“寛容”の象徴。その流れを汲む宮廷女官もまた、徳を携えし存在である、と」
「まあ、そこから更に変質し、高級娼婦もまた“cortigiana”と呼ばれるようになりました。巫女とは娼婦であり、娼婦とは巫女でもある、と言うのが古い時代の忘れ去られつつある出来事」
神話の再現を企図するのであれば、“娼婦のごとき修道女”が必須ですからね。
まあ、それを成し得るのは、すべての条件を持っている私だけ。
雲の上のやんごとなき方々で奪い合いになるのも、止む無き事でしょうか。
「そうなると、やはり条件を備えた女性が本当にごく少数になるな。ジュリエッタ、君はどうなんだい?」
「あ~、ユリウス様、それは無理です。カテリーナ婆様の下で高級娼婦としての教育は受けましたけど、魔女としては鍛えられていませんからね」
「今から鍛えるとかは? ヌイヴェル殿に頼めば、あるいは」
「無理だと思いますね~。カテリーナ婆様から『お前には魔女の素質がない』って、はっきり言われましたから」
「魔女とは、知識があればなれるものではないのか?」
「はい。魔女は知識の他に、“血”も重要なんだそうです」
これはジュリエッタの言う通りです。
魔女の知識を得たからと言って、魔女になれるわけではありません。
魔女になるための素質は、親から子へと血肉を介して伝えられるとも言われております。
魔術の才は基本的には万人にあれど、正真正銘の“魔女”やら“魔術師”ともなりますと、血脈もまた重視されます。
ゆえに、私はカテリーナお婆様よりその魔女の素質を受け継ぎ、ジュリエッタは遠縁と言えどもそれがなかったというわけです。
(もし、ジュリエッタが魔女の素質を持っていたらば、姉妹揃って嫁取りされそうですもんね~)
“女性の雲上人”の生み出す条件、それは“腹”にあり。
孕んだ状態で“雲上人”に再び種付けされ、聖なる力を胎児に混ぜ込んでしまう事。
しかし、それでは失敗する。
通常の“腹”では、拒絶されてしまうのですから。
子作りは婚姻の象徴的出来事であり、独占に通じ、それは他者の排斥となる。
やんごとなき方の特性もまた、それによって拒絶される。
しかし、“娼婦”であれば、話は別。
全てを受け入れる“寛容”の精神が、独占という排斥の守りを消し去り、受容してしまうのですから。
同時にただの娼婦では“神聖な存在”とは言えず、呪を内包してしまう危険性があります。
それゆえの“高級娼婦”。
高級娼婦は元々“宮廷女官”であり、さらに言えば“巫女”でもある。
神聖不可思議な魔力の根源にして、“寛容”の象徴。
“娼婦のごとき修道女”こそ“完全なる存在”であり、全ての母となるに相応しい。
「……とまあ、これが現段階での私の見解になります」
「ですよね~。腕のいい魔女にして高級娼婦! こんな希有な存在なんて、ヴェル姉様くらいなもんですよ。そりゃ取り合いにもなりますわ」
「ジュリエッタ、あなたが“修道女”に言及して無ければ、さすがに見落としていましたわ。魔女ではないとは言え、さすがはお婆様の最後の直弟子ね」
「お役に立ててなによりです」
ニッコリ笑って返してくれる、よくできた妹分ですわ。
魔女の素質があれば、あるいは私をも超える存在にもなっていたかもしれません。
まあ、“素質”がないのですから、止むを得ませんけどね。
「おおよそ、状況は飲み込めた。条件が狭すぎるからこそ、それに当てはまるヌイヴェルが“至宝”という意味がな」
「陛下、あくまで状況から察する推論でございますよ」
「なに、我が国一の知恵者たる魔女と、その妹が揃って同じ結論に達したのだ。それはもう正答と呼んで障りあるまい」
「そこまで信頼いただけるのでしたらば、光栄の極みでございます」
それ以外考えられないのが現状ですからね。
カトリーナお婆様の思考を色々となぞってみましたが、まだ“穴”があるような気がしてなりませんが、それでもなお今出せるギリギリの答えがこれ。
なにより、陛下の冷静さが戻ってきたのが良かったですわ。
「まあ、だからこそ、付け入る隙がある。ネーレロッソ大公に魔女レオーネ、法王に山の上の能天気共にな」
「と、仰いますと?」
「ヌイヴェルよ、アルベルトと結婚しろ」
「……へ?」
あまりに突然の申し出に、私は思考停止した上に情けない声を漏らしてしまいました。
あろうことか、主君より結婚の御沙汰が下りました。
しかも、アルベルト様と!
どうやら陛下は、冷静に狂ってしまわれたようですわね。
それこそヴェルナー司祭様のように!
話がややこしくなる一方ですわ!




