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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-44 別たれた道 (2)

「では、ユリウス様、魔女レオーネからの情報をお伝えしましょう。あなた様の母君アウディオラ様と私は、双子の姉妹なのです。名すら伝わっていない私の母と、先代大公の間に生まれた庶子というわけですね」



「なんですと!?」



 当然、ユリウス様は目を丸くして驚いておられますね。


 それは初耳のジュリエッタにしても同様。


 私の両親については長らく不明のままで、どこの誰なのか、分からなかったのですからね。


 その片割れが先代大公だと知れたらば、驚くのも当然。


 そして、驚きの熱が冷めやらぬうちに次々と情報を与えていきました。


 九年前、アウディオラ様が旅先で亡くなったのは、事故ではなく事件性のある他殺である事。


 それには“雲上人セレスティアーレ”が関与している事。


 その“雲上人セレスティアーレ”の中にも派閥があり、神話の再現を試みる者、それを阻止しようとする者、様々であるという事。


 そして、事情を知る地上の人間の中にも、それを利用して勢力拡大や、あるいは復讐を目論む者がいる事。



(十七歳の若者には、いささか刺激が強すぎましたか)



 一通り説明を終え、改めてユリウス様を観察しますと、目を瞑って、なにやら色々と考えに耽っておられるようです。


 こういう姿は、フェルディナンド陛下にそっくりですわね。


 なお、その陛下は未だに落ち着きなく唸っておりますが。



「……まあ、状況はおおよそ分かりました。陛下が魔女殿に思うところがあるのも含めまして」



「ユリウス様、念のために申し上げておきますが、他言無用でお願いします。この事を知っているのは、ここにいる四名と、先程退出したアルベルト様とディカブリオだけですので」



「心得ておりますよ。さすがに、我が国の大公が近親相姦の大罪を犯した身の上だとは、おおっぴらに公表などできますまい」



 私が陛下の筆下ろしをしたのは、ユリウス様もジュリエッタも知っていますからね。


 十数年前の出来事とは言え、昨日のように覚えておりますとも。


 もっとも、今となってはあの甘美なひとときも、降り注いだ感情の量だけ、気恥ずかしさと後悔に変わってしまっておりますが。


 陛下の場合は、隠し立てできない程に露骨に。



「私見を述べさせていただきますが、やはり何事もなく今まで通りに過ごされるのがよろしいかと」



「ユリウス様はそれでよろしいので?」



「母の仇が“雲上人セレスティアーレ”である事は理解しましたが、だからと言って、法王庁大礼拝堂グランデ・カテドラルやアラアラート山の天宮サントアリオを詰問するわけにもいきませんのでね。それこそ、“ラキアートの動乱”の二の舞になりかねません」



「つまり、このまま見過ごしておくと?」



「はい。“見”の状態で待機が、現段階では最良でしょう。下手に突いて藪蛇になるのは避けたいですし、何より母上の殺害について犯人は誰なのか、それすら分かっていないのですから、問い質しても何も出てこないでしょうし」



 ユリウス様の声色から苛立ちを感じますが、それを制御で来ているというのが私の率直な感想です。


 この場で最も怒るべきであるのに、母親の死の真相を知りたいと考えつつも、今はその時でないとグッと堪えている感じですね。


 多感な十七歳という年齢には似つかわしくない程の自制心です。


 フェルディナンド陛下よりも、ずっと大人・・ですわね。



「魔女殿、いえ、叔母上、御不快でなければ、そう呼ばせていただきたい。もちろん、いらぬ誤解を生まないために、人目を気にする事のない場だけではありますが」



「あっさり受け入れられますね、ユリウス様」



「以前より、どことなく親近感はありましたので。記憶の中にあるおぼろげな母の面影を、無意識に魔女殿に投影していたのかもしれません」



 そう言って、軽く頭を下げてきました。


 伯爵が娼婦に頭を下げるなど、他人が見れば驚くでしょうが、それ以上にユリウス様が誠実である証ですわね。



「叔母上、至らぬ若輩浅学の身ではありますが、今後とも色々とご教授いただければ幸いです」



「……陛下、これが“大人の対応”というものですよ?」



 ちらりと視線を向ける陛下は、頭をかいて誤魔化しておりますわね。


 本来は主君に恥をかかせるなとでも怒鳴れば良いのかもしれませんが、可愛い甥で姉の忘れ形見であるユリウス様には、さすがに言えませんか。


 こちらもこちらで、複雑ですわね。



「まあ本来なら、血気盛んな若者を年配者が諭したり、あるいは怯えて動けぬ新兵を叱咤激励して奮い立たせる熟練兵であったりするのだがな」



「分かっておいでなのでしたら、今少し落ち着いていただきたいですわ。こう言っては何ですが、今の陛下には王者のとしての知性も風格も感じられません」



「当然だ。姉上の仇討ちを考えている、一復讐者であるからな、今の私は」



「それを抑えていただきたいと述べているのです」



「抑えるつもりはないぞ。どうにも“雲上人セレスティアーレ”の存在自体が鬱陶しくなってきた。支配者たらんとする意思や実力があるのは認めるが、それを唯々諾々と受け入れる気は完全に失せた!」



「……なるほど、理性を削った今の陛下でしたらば、あるいは法王聖下の“言霊プネウマ”にすら抵抗しそうですわね」



「おそらくな。もう“雲上人セレスティアーレ”への畏怖も敬意も感じなくなってしまったわ。いずれその罪科に相応しく、我が槍の錆にしてくれる」



 まったく、この血気盛んな答弁は初陣に流行る若者のようですわね。


 陛下とユリウス様の年齢を入れ替えた方が、しっくりくるくらいです。



(ユリウス様の冷静な対応で、自信の言動も改めて欲しかったのですが、却って逆効果でしたわね。ますます燃え上がってしまっているわ)



 本当にこのまま大公位を放り出して、復讐の旅に出そうな勢いです。


 いやまあ、それもまた案外ありなのかもしれませんが、ユリウス様は十七歳と若すぎるのが問題ですわね。


 国内的には不安が多すぎる。


 今少し時間や猶予があれば、そう思わざるを得ませんわね。

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