11ー42 大公の姉君 (13)
私の魔術【淫らなる女王の眼差し】は肌の触れ合った相手から、情報を掠め取る魔術です。
肌と触れ合う必要があるため、“娼婦”という職業は実に望ましい状態です。
普通、年頃の女性が他人と肌が触れ合う場面など、本当に限られておりますから、ふしだら、あるいは淫蕩という悪名を対価に、他人と接触しても問題視されませんからね。
ましてや私は“高級娼婦”という選ばれた存在。
美貌は元より、高い教養や知性を持つ者のみが名乗る事を許された、最上位の娼婦ですから、お客様も当然、それに見合う方ばかり。
御貴族様、大店の店主、大学の教授に人気のある歌手や俳優など、名の通った方ばかりです。
大金を積んで私を抱きに来ていただける上に、値千金の情報まで置いていかれるのですから、申し分もありません。
(……が、今は別! 最上級の上客ですが、完全に暴走中! 落ち着いてください、陛下!)
フェルディナンド陛下とのお肌の触れ合いは、実に十数年ぶりの出来事。
以前は筆おろしの際のお肌の触れ合いでしたが、それ以降は完全にご無沙汰。
“床合戦”など一度もなく、酒を交わして謀議や雑談に耽るか、あるいは将棋を興じるか、二人で過ごす時間は概ねそのようなもの。
しかし、今の陛下はまるで別人のように見境がない。
亡くなられた姉君アウディオラ様に、私を重ねているのですから。
「陛下、落ち着いてください!」
「落ち着いてなどいられるか! 私はようやく取り戻したのだ!」
「何度も申し上げましたが、私はアウディオラ様ではありません! 姿形は似ていようとも、そもそも赤の他人です!」
レオーネの情報を鵜呑みにするのであれば、九年前に亡くなったアウディオラ様こそ、私の双子の姉妹なのだと言う。
しかし、アウディオラ様は人前に出る時は常に仮面を着けていたため、その素顔は私も、そして、陛下も見た事がない。
今となっては、双子かどうかも判断できません。
この点では、完全にカトリーナお婆様にハメられた形です。
双子と共に“雲上人”の住まうアラアラート山から下山し、その後の世界情勢の裏を操って来たのですから。
神話の再現を狙い、近親相姦という大罪を犯させたのもお婆様。
原初の人間アーダームの胤より発した“七つの美徳”と“七つの大罪”。
七人兄弟と七人姉妹がまぐわる事により、罪深き人類が誕生したというのが神話における人類の創生。
それを再現するための、私と陛下の近親相姦。
陛下と腹違いだと知っていれば、筆おろしなどしなかったでしょうに。
(何もかも秘密。全てはその手のひらの上。お婆様、あなたの意図は一体何なのか? まったく見えてきませんわね)
少なくとも、混乱を呼び起こすだけとしか考えられません。
私以上に錯乱している陛下を見ているからこそ、逆に冷静でいられるのですから。
私の手を握り、ギュッと力強く伝わって来る陛下の肌の温もりと感情の嵐。
声には出さずとも、「姉上!」という叫びと共に、安堵、後悔、憤怒、そして、僅かばかりの情欲。
姉が戻ってきた、という安堵。
かつて守れなかった、という後悔。
姉を殺害した不埒者許すまじ、という憤怒。
今更ながら感じる筆おろしの記憶は、後ろめたさを感じつつも姉の温もりを求める歪な情欲に変質。
(あるいは、これが狙いか)
神話の再現であれば、七組のつがいはせっせと子作りに励み、人は数を増やしていったのだと伝承されております、
罪を罪と認めつつも、そうしなければ、産めよ増やせよは実行できず、滅びの未来しか待っていないのですから。
複雑な感情が入り乱れた近親相姦の果てに、今の人類がある。
罪は既に背負い、生まれながらの原罪からは逃れる事はできない。
ゆえに、赦しを求めて品行と正し、神の聖名を唱えて懺悔せよ。
(まあ、これは教会で幾度となく聞かされてきた神の時代から、人の時代へと移り変わった際の物語。地上は呪い、穢れで満ちており、そこで住まう人類は一人の例外もなく、咎人である。天に近き聖なる山の住人こそが、神の真なる意志を受け継ぎし正しき存在。“雲上人”の正統性は、そうやって造られた)
だからこそ、再始動。
神話を再び呼び起こし、昨今緩み始めた教会の権威を再度認識させるのが、現法王の狙いなのかもしれません。
逆に、余計な騒動を避けようと考えるのが、天王の一派。
世界の維持を目的とするのであれば、世界が根底から覆されかねない神話の再現など、容認出来ようはずがありませんからね。
(そう考えると、やはり最重要なのは私の身柄を、誰が手にするのかという点でしょうね。あるいは、私を殺して、なかった事にするのが一番手っ取り早いのでしょうがね。実際、アウディオラ様はお亡くなりになっておりますし)
すでに再現という点では破綻しているのかもしれませんが、それでも諦めていないからこそ、私を中心にして騒がしくなりつつあるのでしょう。
もし、神話の再現ができれば、その権威は不動のものとなります。
次なる人類の始祖、というありがたい地位まで約束されているのですから、私の伴侶となる者もまたそれを狙っての事でしょう。
現段階では、圧倒的権力と実力を有する法王シュカオ聖下が優勢。
すでに“予約”も入れられて、法王の任期が終わると同時に、雲の上へ連れて行くと宣言していますからね。
しかも、義理とは言え、法王と私は兄と妹。
“近親相姦”の条件も満たしている。
(しかし、その罪を背負うのが絶対の条件であるとするのであれば、お婆様、あなたの“本命”は誰なのですか!?)
兄は一人しかいませんが、“弟”は幾人かいる計算になりますからね。
手のかかる者ばかりですが。
(フェルディナンド陛下にアルベルト様、それとディカブリオも従弟とはいえ、それに入るのかしら?)
お婆様が意図して、誰かと私を結ばせようとするのであれば、おそらくはその三人の内の誰かとなります。
まあ、その内、陛下とディカブリオはすでに既婚の身で、あるいは除外されるのかもしれませんが、そうなると残るはアルベルト様。
(あるいは、腹違いである事を知らなければ、進んでお相手しましたのにね)
すっかりその気が萎えてしまいました。
少し前までは、そうと知らずに陛下やアルベルト様をさりげなく誘惑しておりましたが、あるいはそれもお婆様の仕込みなのかもしれません。
知らねば、本当にそうなっていたかもと思う材料が多々あります。
(アルベルト様と急接近する切っ掛けになったのも、お婆様が遺した契約書の効力があればこそですからね)
ガンケンとユラハ、幽世に属する兄妹との出会いもまた、お婆様が意図したからこそ、ああした契約書が残っていたのでしょうし、偶然とも言い難い。
何手先まで読んで将棋を指しているのやら。
私の拙い頭では想像もつきませんわね。




