11-41 大公の姉君 (12)
「アルベルト、それにディカブリオ、すまんが席を外してくれ」
気まずい空気の中、あろう事か人払いを命じたフェルディナンド陛下。
絶対的な信頼のあるこの二人すら人払いするとは、今までの陛下からは有り得ない程の暴挙、あるいは奇行でしょうか。
私自身、冷や汗が全身を覆っております。
ろくな事にはならない、と。
そんな私を察してか、アルベルト様はおもむろに仮面を取り、更に化粧で傷物の顔していたのもふき取って、素顔を晒して来ました。
髪こそ、染料で金髪を黒髪にしておりますが、さすがは双子。
相も変わらず、本当にそっくりですわね。
「陛下、いえ、兄上、なぜに俺やディカブリオにまで出ていけと?」
「……無論、姉上と二人きりで話したい事があるからだ」
「魔女殿の口から、姉上ではないと宣言されておりますが?」
「…………」
「こじらせるのも大概にせねば、それこそ魔女の思うつぼですぞ。もちろん、レオーネの方の、ですが」
アルベルト様の仰る通り、この微妙な空気を生み出したのは、レオーネからもたらされた情報が原因ですからね。
確証は持てませんが、だからと言って否定するには状況証拠がチラホラ見え隠れしていて、真贋の見極めが困難だと言わざるを得ません。
むしろ、信じてしまっているフェルディナンド陛下の言動こそが危うい。
どうにかして釘を差し込んでおく必要がありますわね。
「まあ、二人きりで話したいというのであれば、そうなさいませ。ただし、これだけははっきりと申し上げておきます」
「なんだ?」
「魔女殿は兄上だけの所有物ではない、という事です」
珍しく、睨みつけるようにフェルディナンド陛下を窘めるアルベルト様。
おまけに、ディカブリオまで無言の首肯。
私の思っていた以上に、この三人に鬱憤が蓄積されているようです。
(まあ、この場の四人で交わした“絶対遵守”の約束事もありますから、殴り合いになる事はないでしょうけど、やはりひやひやしますわね)
今更ながらに、レオーネの離間の策を指を咥えて眺めていた点は、私の失策であったかもしれません。
それ以上に、得難い情報に触れる事を優先させてしまった結果ですから、甘受せざるを得ませんが。
むしろ、二人きりの状態になって、私自身が釘役となり、弛んでいる陛下の精神に掣肘を加えた方が良いのかもしれません。
「アルベルト様、ディカブリオ、私からもお願いしますわ。陛下とお話しておいた方が良い、と」
「姉上、よろしいので?」
「ええ。ディカブリオ、分かったら、さっさと退出なさい」
これではいつまでたっても話が進まず、埒があきませんのでね。
姉のごとく振る舞いつつ、魔女の舌先で釘を打ち付けてさしあげますよ。
レオーネの余計な置き土産なんぞ、すべからく焼き払わねばなりませんからね。
そして、一度顔を見合わせ、アルベルト様とディカブリオは渋々ながら私の言葉を受け入れ、部屋を退出していきました。
さて、どう切り出そうかと考えておりますと、先にフェルディナンド陛下の方が動かれました。
椅子を持ち上げ、私のすぐ横に移し、そして、自分の腰を落とす。
こういう二人きりの場面においては、対面で話すのが常。
そもそも、“お遊び”に興じている時も、いつもは対面です。
なにしろ、陛下との夜遊びは、いつも“床合戦”などではなく、“将棋”でございますからね。
隣合って座っては指す事もできませんし、遊戯盤を挟んで面と向かって座っているのが、いつもの二人の過ごし方。
(しかし、今日は横並び。いやまあ、円卓で横並びはいささか不格好ですが、それを気にしている様子もなし。親密に振る舞うのであれば、横並びで座るのは正解ではあるのですが)
基本的に、話す場合というものは対面で座るものです。
しかし、それでは机を挟む分、互いの距離が開き、また“対峙する”という姿勢の問題もあって、どうしても身構えてしまうものです。
仕方良い間柄であっても、無意識的に“対面”においては壁を作ってしまうのです。
しかし、並列での着席は、“同列”である事の証左であり、その壁を消し去る事ができるのです。
会議の席では対面なれど、宴の席では並列で座するのは事ためです。
席が隣同士という事で距離も近く、同じ方向を向いている事で、親近感、連帯感が湧きやすくなります。
見えざる壁を作ってしまう対面ではこうはいきません。
などと無駄に思考をしていますと、横に座った陛下が、私の手を握って来ました。
(距離を縮めるとか、そう言う次元ではないわ! これは……、危うい!)
なにしろ、筆おろし以降、一切近付いて来なかった陛下が、“手を握ってきた”のですから、大事も大事です。
普段の身持ちの方さはどこへ吹っ飛んでいったのやら。
今まで触れる事の出来なかった“お肌の触れ合い”すら、余裕で達せられてしまいました。
そして、私の魔術【淫らなる女王の眼差し】を発動。
覗きたくても覗けたなかった陛下の心の内を拝見。
しかし……!
(姉上!)
あ、ダメですわね。
この一言で頭の中が埋め尽くされております。
これはむしろ、こちらが危うい。
今まで抑え込まれていた姉への感情が、一気に噴き出してしまったのでしょう。
姉上至上主義をなめておりました。
今の陛下は、本当に危うい!




