11-36 大公の姉君 (7)
気まずい、などという話ではありません。
いくら知らなかったとは言え、血が半分しか繋がっていないとは言え、私は自分の“弟”を誘惑し続けていたのですから。
「フェルディナンド陛下と、アルベルト様が、私の弟……?」
「ヌイヴェルが、姉上と双子……?」
「すべては大魔女カトリーナの手の内……」
私と、弟だと知ってしまった二人。
三人で顔を見合わせる。
あまりに衝撃的な内容を知って、後に続く言葉がありません。
それは我らを見守っていたディカブリオにしても同様。
こちらも何を言うべきか、分からずに混乱していますね。
(正体が分からなかった私の父親と母親。その片方が分かったとは言え、これはあまりにもひどすぎる……!)
私はカトリーナお婆様に言われるがままに社交界にデビューし、フェルディナンド陛下とお付き合いをしてきました。
最初は少年少女の他愛無い遊びから始まり、ある時、まだ若かった陛下の“初めて”の相手を勤め、それからも長らくお付き合いを続けてきました。
まあ、肌の触れ合いは最初の一回だけで、それ以降は将棋ばかりでしたが。
それはアルベルト様とも同様。
髑髏の番犬の裏の顔を知る数少ない女として、時に肩を並べて国に尽くし、時に他愛のないやり取りで華を咲かせる。
こちらも肌の触れ合いはなし。
そんな二人が私の弟。腹が違うだけの、胤を同じくする家族。
何も知らなかった。知らされていなかった。
ただ素敵な貴公子との、ある意味実る事のない色恋に興じ、日々忙しなく仕事と情事を重ねてながら、それが欺瞞でしかなかった事を。
(ある意味、何かしらの直感があったのかもしれませんね)
年頃の男女が側にいて、二人きりになる事もしばしば。
であるにもかかわらず、二人と積極的な肉体関係にならなかったのは、記憶ではなく、血が違和感を感じたのかもしれません。
“近親相姦”は特一級の禁忌であり、教会の経典においても、“人類が背負いし最初の罪”とまで記されております。
七つの美徳と七つの大罪が交わる事によって人間が産まれ、それぞれは父を同じくする七人の男児と七人の女児であったのですから。
だからこその禁忌であり、それを分かっていながらこれを仕組んだ“親”の意図を図りかねますね。
この秘事について知っていたのは、私の育ての親であるお婆様と、私の父親である先代の大公陛下だけ。
まったくもって理解に苦しみます。
(この仕打ちは……。お婆様、そうまでして、何がしたかったのですか!?)
それは一族の繁栄か!?
“雲上人”すら従えるほどの力。聖光母と魔女王の再来を以て、世界を改変しようとしていたのか?
孫を生贄に差し出し、神話の世界を呼び起こそうとしたのか?
どちらにしても、あんまりな話です。
「レオーネ!」
ここでディカブリオが絶叫。
それで動揺しきっていた私達姉弟三人が正気に戻る。
ディカブリオの顔から動揺は既に消えており、むしろ憤怒で満たされているかのような、普段見せない鋭い形相でレオーネを睨み付けました。
「おう、なんだい、デカブツ!?」
「今の話、お前の言葉以外で、証明する術はあるか!?」
それはまさしく正論であり、救いの一言でもありました。
なにしろ、相手は魔女レオーネ。
口八丁を得意とする、魔女と言う存在なのですから。
私自身がそうであるかのように、話の中に平気で嘘を差し込んでくる。
今回はその内容があまりに突飛であり、同時に真実を匂わせる“何か”があったからこそ、こちらも動揺してしまいました。
(気をしっかり持ちなさい! 今はまだ、言葉以外の証拠は出ていない! 微かな真実と、大半の虚偽、それの可能性がある!)
私は落ち着きを取り戻し、軽く深呼吸をして、荒ぶる心を鎮めました。
そして、レオーネの言葉を待つ。
そんな事も気にもかけず、レオーネはニヤリと笑った。
「ああん!? ねえよ、そんなもん。俺が長年集めてきた情報と、カトリーナから僅かに掠め取った情報からの推察、推論、そんなところだ」
「ならば、事実ではないのだな!?」
「バカか、デカブツ。事実でないかもしれないが、虚偽とも言い切れまい? 実際、いくつかの“状況証拠”がそれを示唆しているんだからな」
それはまさにそう。
私の知る情報の中には、今レオーネから語られた話と合致する部分がある。
特に“神話の再現”の下りは、法王からも、魔女ユラハからも聞かされていた事ですし、おそらくは事実なのでしょう。
当然、その成果の奪い合いについても。
誰がどの立ち位置になり、どう神話をいじくりたいのか、それが分からない。
「まあ、あれだ。この際、言っておくぞ。目に見えたからと言って、それが真実であるとは限らず、逆に目に映らない場所にも真実が潜んでいる場合もある。あまり、早急な判断は下さない事だな」
ズバッと言い切るレオーネに、返す言葉がありませんね。
私自身、話術と詐術を用いて、相手を引っ掻ける事を常としておりますからね。
(真実を隠すのであれば、嘘と混ぜ込んでしまえばいい。どれが本当で、どれが嘘なのかは、それを見抜く力がなければ、決して正解には辿り着けない!)
これはレオーネからの挑戦や攻撃の類ではない。
すべては私の祖母、大魔女が仕組んだ事。
それを解き明かすのには、まだ情報はもちろんの事、洞察力も足りていない。
魔女の後釜を気取るのも、楽ではありませんね、これは。
「レオーネ、一つだけ聞きたい事があるわ」
「なんだ?」
「私の“母親”についての情報は、何か持っていない?」
ここが欠けた最後のピース。
雲の上の人々が、“神話の再現”を狙って動いている事は分かった。
同時に、それはカトリーナお婆様の仕込みだという事も。
そして、カトリーナお婆様の後援者として、先代大公陛下も絡んでおり、しかも、胤まで提供していた可能性まである。
皆が皆、欲望と思惑を混ぜこぜにして、真実への到達を阻害している。
それでもなお、その先にある光か、あるいは闇を目指さなくてはならない。
(目に映る光の中の可能性。目に映らない闇の中の可能性。はたして、それは私に何をもたらすのか? 世界がどう変わるのか? ああ、もう本当に、お婆様、あなたの残した宿題は、ややこしい事この上ないです!)
何をさせようとしていたのか?
何をしようとしていたのか?
大魔女の物語は、まだ終わっていなかったのですね!
孫に全部押し付けてはいますが!




