11-26 魔女の戯れ (2)
コツンッ!
「先手、白、騎士f3!」
コツンッ!
「後手 黒、騎士c6!」
コツンッ!
「先手、白、騎士c3!」
コツンッ!
「後手 黒、騎士f6!」
立て続けに動かされる駒達。
変則打ちではなく、王道的な差し方をすれば、序盤の動きはだいたいこれです。
僧正や女王の斜線を開け、騎士を跳躍させて、戦線を徐々に押し上げていく。
コツンッ!
「先手、白、僧正b5!!」
コツンッ!
「後手、黒、僧正c5!」
コツンッ! コツンッ!
「先手、白、王の入城! 王様はg1 城兵はf1へ!」
コツンッ! コツンッ!
「後手、黒、王の入城! 王様はg8 城兵はf8へ!」
互いに王様の守りを固める。
盤面中央には、飛び出した騎士が両翼に、そして、僧正。
ほぼ同じ動きですから、当然、似通った布陣となります。
「おいおい、ヌイヴェルさんよぉ~、デカい口叩いておいて、猿真似じゃねえか!」
「今はこれでいい。時が来れば動き出す」
「ハッ! 余裕だな」
「ええ。“今”のレオーネなら、余裕で勝てるから」
相手の顔すら見ずに挑発し、盤面から目を離さず思考中。
上手く誤魔化していますが、レオーネは明らかに動揺しています。
必殺の“読心”を封じられたのですから、当然と言えば当然です。
私の名に食わない態度すら、腹立たしい事でしょう。
(勝つつもりで挑発を繰り返しながら、これで負ければ面目丸つぶれですからね。もちろん、私が勝ちますけど)
もちろん、油断はしません。
レオーネの打ち筋はしっかりしておりますし、少なくとも素人ではない。
頭もキレますが、それでも“読心”が封じられたのは計算外。
その隙を、逃しませんとも。
カチンッ! コツンッ!
「先手、白、騎士e5、兵士消失!」
仕掛けてきました。
騎士を突貫させ、こちらの陣形を乱すつもりでしょう。
騎士に騎士をぶつけるのが良いのでしょうが、ここは敢えての無視。
そして、先を見越しての“猛毒”を仕込ませていただきましょうか!
コツンッ!
「後手、黒、城兵e8!」
騎士の跳躍よりも、城兵の突進。
前が開いていますわよ、レオーネ!
カチンッ! コツンッ!
「先手、白、騎士c6、騎士消失!」
カチンッ! コツンッ!
「後手、黒、兵士c6、騎士消失!」
あっさりかかってくれましたね。
思っていた通り、レオーネは頭はキレても、将棋の思考は洗練されておりませんね。
今の一手で、b5の僧正にc6の兵士がかかり、しかも、こちらの女王の前面が開きました。
隣の城兵と並んで、隊列を組んで突進できる状態が完成しましたわよ。
コツンッ!
「先手、白、僧正c4!」
コツンッ!
「後手、黒 兵士b5!」
コツンッ!
「先手、白 僧正b2!」
悪手ですわね。
僧正を下がれるところまで下がっていれば、こちらも兵士の前進の一手を仕掛けれなかったものを!
では、さらに攻め込みますわよ!
カチンッ! コツンッ!
「後手、黒、騎士e4、兵士、消失!」
カチンッ! コツンッ!
「先手、白、騎士e4、騎士、消失!」
カチンッ! コツンッ!
「後手、黒、城兵e4、騎士、消失!」
さて、これで盤面中央はかなり支配的になりましたわね。
前線に押し出した城兵、側に控える僧正に加え、前進する道が開いている女王。
(フフフ……、焦っているのが手に取るように分かりますわ。レオーネ、あなたは頭がキレるし、“読心”を持っているから、負けを知らなかったのでしょうけど、私はその気になれば“目隠し”をしていても、将棋に興じる事もできるのですよ!)
要は練度の差、場数の差です。
“読心”に頼り過ぎた勝負事を繰り返してきたからこそ、それが崩された時の挽回ができないでいる。
まあ、“読心”封じの魔術【臥房の帳】を、私が持っていた事は本当に誤算だったようですわね。
さあさあ、どんどん追い詰めていきますわよ!
コツンッ!
「先手、白、僧正f3!」
コツンッ!
「後手、黒、城兵e6!」
コツンッ!
「先手、白、兵士c3!」
(勝機!)
完全に隙を晒しましたね、レオーネ!
その隙間、逃しませんよ!
コツンッ!
「後手、黒、女王d3!」
女王を最前線へ!
盤上最強の駒は、今や遮るものなく、前へと進み出る。
さあ、この攻撃凌げますか!?
コツンッ!
「先手、白、兵士b4!」
コツンッ!
「後手、黒、僧正b6!」
コツンッ!
「先手、白、兵士a4!」
コツンッ!
「後手、黒、兵士a4! 兵士消失!」
コツンッ!
「先手、白、女王a4! 兵士消失!」
やはり焦れていますね。
身動きが取りづらかった女王を無理やり出して来ますか。
しかし、それもまた“誘い”。
女王を動かしてしまったため、f3の僧正が外れてしまいましたわよ。
コツンッ!
「後手、黒、僧正d7!」
コツンッ!
「先手、白、城兵a2!」
コツンッ!
「後手、黒、城兵e8!」
コツンッ!
「先手、白、女王a6!」
ここで女王にぶつけてきますか。
女王同士、相打ちとするか、もしくは逃げるかの二択。
(しかし、私は“第三の選択肢”を用意します! ……覚悟!)
カチンッ! コツンッ!
「…………!?」
「なん、だと!?」
審判役のフェルディナンド陛下も、レオーネも驚いていますね。
まあ、そうでしょう。
ここでこの手が出るなんて、この広間ではジュリエッタくらいなものでしょうからね、理解できるのは。
「陛下、読み上げを」
「う、うむ……。後手、黒、女王f3! 僧正消失!」
手が読み上げられると同時に、広場がざわめき始めました。
まず有り得ないはずの一手なのですから。
「ヌイヴェル、お前……!」
「そうね、この場面、こう言うんでしたわよね、レオーネ」
軽く一呼吸を入れ、そして、ニヤリと笑う私。
口から漏れ出る言葉は、もちろんこれ。
「勝ったな」
先程のジュリエッタとの対戦の意趣返し。
そう、今の私の、黒の女王の動きは紛れもない自殺行為。
動いた先は“f3”。
そこはg2の兵士が効いていますからね。
「ジュリエッタにも仕掛けてましたものね、レオーネ。女王の生贄を」
「この場面でか!?」
「ええ。もう勝負ついてますから」
ああ、気分爽快ですわ!
女王の生贄は極めて難度の高い技。
盤上最強の駒を生贄に捧げるのですから、敵を誘導すれば勝てる、という場面でしか使えません。
つまり、女王の生贄を切り出した時点で、もう勝負が付いているようなものです。
下手な打ち手では、うっかり穴があって取り逃がしてしまうなどと言う事もありますが、私はもう勝ち筋が見えています。
そして、もう一度、挑発的な笑みを浮かべ、レオーネに突き付けました。
「さあ、蹂躙のお時間ですよ!」




