11-25 魔女の戯れ (1)
互いの魔術を用いれない状況が完成しました。
私は肌の露出がないレオーネからは、情報を掠める事が出来ない。
レオーネもまた、見えざる“銃”を用いて必勝を企図するも、こちらの見えざる帳によって弾かれる。
互いの魔術を打ち消し合い、ここからは純粋な知恵比べ。
競う戦場は8×8の小さな空間。
6種16体ずつの戦力を以て、王の首を狙う合戦です。
(しかし、だからと言って油断はできないわね。レオーネも“読心”を封じられたと言っても、知恵者である事は変わりない。しかし、将棋においては、研鑽が物を言う。果たしてそれが、あなたにあるかしら?)
なので、一切の手抜きはしません。
全力でやらせていただきますよ。
「では、審判は私がしてやろう!」
「陛下……」
フェルディナンド陛下も困ったものです。
魔女の織り成す儀式に、進んで首を突っ込まれるご様子。
一応、油断ならない相手が目の前にいるという事を忘れているのかと、本気で心配してしまいます。
「あの~、陛下、これに負けたら、私、陛下の元を去らねばならないのですよ?」
「それは承知しているが、“今”のヌイヴェルからは負ける気配が全然しなくてな。まあ、大丈夫であろうよ」
「“勘”というやつですか?」
「いいや、“信頼”と言う名の魂の繋がりだよ」
「臆面もなく、そんな台詞を吐き出さないでください。奥方様に聞かれますよ」
「グローネはゴスラーと笑って観戦しておるぞ」
実際、ちらりと観衆の方に目を向けますと、確かにゴスラー様とグローネ様がニヤニヤしておりますわね。
ほんと、よく似た兄妹です。
人生を楽しむという事を、よくご存じのようで。
「では、陛下の信頼に応えるべく、全力でやらねばなりませんか」
「しっかり励め。我が麗しの“魔女”にして、全幅の信頼を置く“参謀”、ヌイヴェルよ。今日は祝いの席だ。我が息子に勝利を捧げよ」
ネーレロッソ大公の御一行の登場ですっかり忘れておりましたが、今日はジュリアス殿下の生誕日の祝賀会でしたわね。
アルベルト様に続き、ジュリエッタも負けたとあっては、私が勝たない事には面目丸つぶれという事ですわね。
もちろん、勝ちにいかせていただきますよ!
「話は終わったかい? あまり人前でイチャイチャするのはマズくないかい? 大公に魔女よ」
「レオーネ、あなたの心配してもらう事じゃないわよ。陛下が言うには、魂で繋がっているそうだから、わざわざ肌を合わせる必要もないのよ」
「ハッ! 男と女の間に、そんなものが生まれるかよ! 形ばかりの貴婦人への礼を捧げ、それから寝床へ引きずり込むもんだろうが!」
「残念な事に、お優しい陛下は、そのような乱暴な真似を私にした事がないの♪」
「つまり、ヘタレか!」
「それ!」
この点に関して言えば、レオーネと意見を同じくしますね。
いくらでも野薊を手折る機会はありましたのに、棘を嫌がって全然手を出してこないのが陛下ですからね。
棘のある花は美しいと言いながら、ヘタレにも程がありますわ。
「……陛下、何かご不満でも?」
「そこは慎み深く、謙虚であると評して欲しいところだな」
「謙虚は美徳ではありますが、度が過ぎれば、臆病の誹りは免れませんわ」
「……ほれ、さっさと始めろ!」
何やら不満げな陛下ですが、事実は事実ですからね。
逃げの一手とは、本当にヘタレです、はい。
「では、白、先手はレオーネ、黒、後手はヌイヴェル。いざ、決戦!」
陛下の合図と共に、将棋は開始されました。
(さて、先程のジュリエッタとの対戦は、ジュリエッタが変則打ちをすればこそ、変則的に返しました。それは心を読めばこその芸当。さて、“読心”が封じられたあなたの腕前、見せていただきましょうか!)
コツンッ!
「先手、白、兵士e4!」
レオーネの打った初手は、最も使われている常道の一手。
e2の兵士を前進させ、女王と僧正の射線を開ける。
序盤はいかに中央を支配的にするかが重要ですから、斜線を開けるのは必須。
むしろ、先程のジュリエッタのような初手が、異常なのです。
「あら、レオーネ、先程の変則的な打ち方とは打って変わって、王道的手法を用いてきますか」
「何か問題でも?」
「いいえ。ただ、それでは私に勝てはしないという“忠告”でしてよ」
コツンッ!
「後手、黒、兵士e5!」
ならばとこちらも、同じく兵士を前進。
最前線で早くもぶつかり合いつつ、斜線を開ける。
(だからこそ、レオーネは勝てない。王道的手法はそれだけ皆が多用し、洗練され続けたやり口だという事! どうにもレオーネは、将棋を小馬鹿にして、そうした洗練さとは無縁のようですから)
相手の心を読めるのであれば、手法を学ぶ必要もない。
駒の動かし方やルールさえ知っていれば、そのキレる頭でどうとでもなってしまうのですから。
ゆえに、ありきたりな手を打たざるを得ない。
それでは、洗練され続けた私を倒す事はできない。
いずれボロが出るのは明白!
さあ、レオーネ、一緒に舞踏会を楽しみましょうか。
魔法が解けてしまう、鐘の音が鳴り響くその時までね!




