11-24 イカサマの正体
「レオーネは私の心を読んでいる」
これがジュリエッタがレオーネと将棋で勝負した上で出した結論。
そして、その結論は“私の立てた仮説”と一致していました。
(そう、これが成立していれば、今までの不可解な現象も説明がついてしまう)
まず、“アルベルト様がバツイチである事”をレオーネが知っていたのも、アルベルト様の心を読み解けば容易い。
あるいは、ディカブリオやアゾットなどの秘密を知っている者、その心を読み解いても良い。
心を読み解く力があるのであれば、それが可能なのですから。
(そして、ジュリエッタの見せた、あまりに変則的な打ち筋。常道を外し、突飛な駒の動かし方、それを即座に対応してみせたのも、ジュリエッタの心を読んでいたと仮定すれば可能であるという事)
将棋は一歩下がって、外から眺めた方が全体を見渡すのには良い。
そして、その一歩下がって見ていた結果、レオーネはほぼ手を止めずに長考する事無く、矢継ぎ早に一手を打っていました。
ああいう変則的な打ち方は、常道的な打ち方では返せない。
返せないからこそ、考えるものです。
しかし、考えた素振りが一切なく、見透かしていたかのように返していたのが、あまりにも不自然。
どう動くか知っていた、ジュリエッタの思考をなぞっていた、こう仮定すればすべてが繋がります。
(つまり、レオーネの使う魔術もまた、私と同じく情報系の魔術だという事! 相手の心中を読み解き、それを基として口先に乗せて矢を放つ!)
攻撃型の性格をしていながら、私と同じ搦め手まで使えるとは、想定以上に危険な相手ですわね。
しかし、それをジュリエッタがわざと負けて、値千金の情報を引っ張り出してくれました。
さすがは魔女ではないとは言え、大魔女カトリーナから薫陶を受けた最後の弟子。
性格の悪さは、師匠にそっくりですわね。
私も同じですけど。
「さて、それじゃあ、続いて私とやりましょうか」
「お~、そうだそうだ。さっさと片付けてしまおうか」
「……先程はジュリエッタが先手で、あなたが後手でしたし、今度は私が後手で、あなたが先手としましょうか」
「余裕だな、自分より上の指し手があっさり負かされたってのに」
「心配いりませんわ。なにしろ、“今”ならあなたに勝てますから。先程の試合で、あなたの“癖”は把握しましたのでね」
まあ、癖も何も心を読めるのであれば、関係ありませんけどね。
口から出まかせは魔女の嗜み。
イカサマも、バレなければ立派な技術ですからね。
「それじゃ、俺が白で、お前が黒」
「そうですね。では、さっさと始めましょうか」
ササッと駒の再配置を終えて席に着きました。
私が黒で後手、レオーネが白で先手。
先手の方が基本的に有利ですが、絶対という程でもありません。
現に心を読んでいたとは言え、先程の一戦も後手のレオーネが勝ちましたからね。
逆もまた然り。
(後手で勝って、ジュリエッタの負け分を解消してあげませんとね!)
死んではいませんけど、仇討ちです。
次の勝ちを拾うための、意味のある負けであった事を私が証明しませんとね。
「では、ヌイヴェル。魔女と魔女の勝負、始めようか!」
ビシッと指先をこちらに向けて、無礼極まる宣戦布告。
同時に、何か空気が澱んだ。
少なくとも、私にはそう感じました。
(そうか……、これが魔術を発現させる予備動作というわけね)
よくよく振り返ってみますと、アルベルト様にも、ジュリエッタにも、勝負の直前に指を向けていました。
つまり、首無騎士の使う“呪”と同じですわね。
指先に力を籠め、相手にぶつけて呪いを移す、という事なのでしょう。
私の場合は“肌の触れ合い”が条件であるのに対し、レオーネは“指さし”。
接触しなくてよい分、あちらの方が使い勝手が良さそうですわね。
(しかし、それだと無条件に情報を抜き取れてしまうけど、その傾向が見られない。もしそうなら、今こうして私に指を向けているのがおかしい。事前に“呪”を打ち込んでおけばいいのですしね)
恐らくですが、制限がかかっているのでしょう。
一人だけにしか効力を発揮しないだとか、指を向けている事を相手に認識してもらわないとダメ、とか。
そうなると、試合直前に“指さし”を行っている理由にもなります。
そして、予定外の事に、空気が更に揺らぐ。
レオーネが術に失敗したのでしょうね。
それを察すればこそ、私は少々下品な笑みを浮かべ、余裕の態度を晒しました。
「おやおやおや~、どうしました、ネーレロッソの魔女さ~ん」
「お前は……」
「残念ですが、あなたの隠し持つ見えない“銃”はなかった事にさせていただきました。イカサマは良くないですわ」
そう。もし事前に私の情報を抜き取ろうとしたらば、抜き取れない事を察知できたはず。
知らずにのこのこ勝負を受けたのは、明らかな“驕り”!
七つの大罪、傲慢そのものですわね。
崩された必勝法、動揺しているのが手に取るようにわかりますわ。
「高ぶりは滅びに先立ち、誇る心は倒れに先立つ。“傲慢”は身を亡ぼすわよ」
「…………」
「さあ、始めましょうか。今度はこちらが“格”の違いというものを教えてあげましょう! “絶対”は、決して破れる事のない真理だという事をね!」
レオーネの放った見えざる弾丸も、御簾の後ろにいる女王には届かない。
私の持つもう一つの魔術、【臥房の帳】は情報系の魔術を無効化する事が出来るのですから。
見目麗しき淫魔の女王は、御簾の向こう側から“獲物”を品定め。さりとて、獲物の方はその女王の姿を見る事は能わず。
私は情報という範囲においては、最強の矛と盾を持っています。
唯一の弱点は、二つの魔術を同時に使用する事ができない事。
御簾の向こう側に姿を隠した女王は、獲物に触れる事はできませんからね。
しかし、今回は“読心”よりも“情報遮断”が優先です。
(どのみち、道化の衣装で肌が露出していませんし、お肌の触れ合いで探りを入れるのは現時点では不可能! ならば、お互いに心を読み合えないようにすれば良い)
読心の魔術はこれにて相殺。
そうと知らずに、私に“情報戦”で勝負を仕掛けてきたのが運の尽き。
互いの魔術を打ち消し合った以上、ここからは本当の知恵比べ!
「フフッ、面白くなってきましたわね。純粋に知恵と知恵がぶつかり合う、ガチンコの戦場、悲劇であり喜劇でもある、二人だけの舞踏会!」
シンデレラの魔法は解け、薄汚れた娘に逆戻り。
もう魔女はどこにもいない。
ここにいるのは、魔術を封じられた“元”魔女の二人。
何の力を持たない貴婦人と道化師です。
(いかなる魔術も用いる事の出来ない、 純粋な知恵比べと参りましょうか、ネーレロッソの魔女レオーネ!)
舞台は整いました。
負けという泥を被り、道筋を作ってくれたジュリエッタに感謝。
さあ、レオーネ、その鬱陶しい道化姿、全部ひん剥いて差し上げますわ!




