11-23 女王の生贄
“女王の生贄”
女王を生贄に捧げ、その対価として“勝利”を得ようとする技。
しかし、それは最高難易度の技であり、それだけに“女王の生贄”で決めた勝負と言うものは爽快です。
(最強の駒を犠牲にしてでも盤面の状況を操作し、勝ち筋を得るやり方。難しいからこそ、仕掛けて王様を討ち取った時の達成感は最高です)
それをレオーネが仕掛けてきた。
勝ったな、という呟きと共に。
一方のジュリエッタは特に反応はなく、いつものように無表情で盤面を眺めているだけ。
普段は表情豊かな年の割に幼く見える愛くるしい顔なのですが、将棋を指している時は、だいたい無表情。
何を考えているのか読み辛いのが、指し手としてのジュリエッタ。
(さて、ジュリエッタはどう受ける? 女王の首は取れる。露骨すぎるほどの“女王の生贄”をどうするか……)
カチンッ! コチンッ!
「…………!? 白、僧正b6で、黒の女王、消失!」
少しばかりの長考の後、ジュリエッタは女王を取りました。
露骨すぎる罠ではありましたが、敢えて取りに行ったのは、蛮勇となるか、それとも、英断となるか。
カチンッ! コツンッ!
「…………!? 黒、僧正c4で、王手!」
レオーネが先番で女王ではなく、僧正を下げた理由がこれ!?
少し回って、王様に仕掛けられる位置に移動。
しかも、女王を生贄に捧げてまで!
「……なるほど、そういう事か」
今度はジュリエッタが呟き、そして、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
その笑顔のまま、私の方に顔を向ける。
(今のは何かの合図……。ああ、なるほど、ジュリエッタのらしくない打ち筋もなんだと思っていましたが、そういう事でしたか)
私は頭の中で一つの“仮説”を打ち立てました。
それが正解であるとすれば、これまでの不可解な事象の全てに説明を付ける事が出来ます。
(そうでしたわね。私とした事が、基本中の基本を忘れるところでしたわ。相手は“魔女”! そして、“魔女”なら必ずイカサマや騙まし討ちをする、という事をね! なにしろ、私もまた“魔女”なのですから!)
自分自身、今まで何をやって来たのか、それを照らし合わせればよいだけ。
そして、ジュリエッタはそれに気付かせるために、あるいは相手の正体を覆い隠す“帳”を、指でヒョイッと捲り上げたというわけです。
その手管、さすがは魔女の妹であり、魔女を最も眺めていただけの事はありますわ。
「んじゃ、用件も終わったし、ここで投了!」
ジュリエッタはあっさりと降参し、指でピンと自軍の王様を弾いて、倒してしまいました。
負けを認めた時、自軍の王様に土下座をさせて、“城下の盟”を誓うのが降参の証です。
「なんだ、赤毛、もう終わりか? これからたっぷり蹂躙してやろうって時に」
「それが見えているから、投了したんでしょうが」
「くだらん……。実にくだらん勝負だった! やはり将棋は退屈だ! 大魔女の弟子とて、この程度でしかないのだからな!」
レオーネは倒された白の王様を掴み取り、つまらなさそうに弄び始めました。
と言っても、道化姿なので表情は見えませんけどね。
「なんだ、もう終わりか? 全然、手順が分からんぞ?」
いつの間にか盤面の側にまで来ていたフェルディナンド陛下は、覗き込みながら尋ねてきました。
まあ、少々複雑ですから、分かりにくいのかもしれませんね。
「これ、本当に詰んでるのか? “女王の生贄”で仕掛けるにしても、早すぎるように思えるのだが?」
「えっとですね、ここからの手順は……」
私はレオーネから王様を取り上げ、元の位置に戻し、ここから詰みまでの動きを一手一手指していきました。
次々と繰り出される黒陣営の動きに、白陣営はずたずたに引き裂かれ、生き残った女王も孤立無援。
最高戦力と分断された王様は、無様に黒陣営の騎士、僧正、城兵に追い回され、虜となりました。
「……以上が、“女王の生贄”からの手順です」
実際に見せると、陛下も納得されたご様子。
これを用意したレオーネも大したものですわね。
(そう、これがイカサマでなければ、ね!)
仮説は立てた。
しかし、まだ材料は不十分。
それを補い得るものは、実際にレオーネとやり合ったジュリエッタの“頭”の中にだけ存在する。
「それじゃ、ヴェル姉様、あとはよろしくお願いしますね!」
「ご苦労様、ジュリエッタ。まあ、ゆっくり見学していなさいな」
そう言って、私とジュリエッタはパチンと手と手をぶつけて、選手交代を皆に見せ付ける。
しかし、それは見せ付けただけで、本当の意味は別にある。
そう、私とジュリエッタの“お肌の触れ合い”。
ほんの一言、伝え聞くだけで、“仮説”が“確証”に変わる。
手と手が、即ち、私とジュリエッタの肌が僅かとは言え重なり合ったその瞬間、私の魔術【淫らなる女王の眼差し】が発動しました。
肌の触れ合った相手から、情報を抜き出すこの魔術。
(ジュリエッタには、この魔術の事を教えていませんけど、今までの付き合い、経験から、なんとなしに察している。だからこそ、合わせてきた!)
魔女ではなくとも、魔女の妹。
魔女の事は一番よく知っている、出来た妹ですわ。
そして、ジュリエッタからもたらされた情報が、勝てないレオーネに対しての勝ち筋を用意する。
“仮説”が“確証”に変わった、値千金の情報!
すなわち!
「ヴェル姉様、レオーネは私の心を読んでいる」




