11-20 横槍
「待て」
将棋での勝負に加え、私をネーレロッソ大公アレサンドロ様への嫁入り(実際は愛妾関係)を条件に出してきたレオーネですが、当然ながら待ったが入りました。
声の主はフェルディナンド大公陛下。
まあ、陛下の立場なら当然、止めに入るでしょうね。
「魔女レオーネよ、それはいかんぞ」
「ジェノヴェーゼ大公、止める理由はなんだい?」
「勝負するのは構わんが、賭け金の差額が大き過ぎる」
止めずに、むしろ横槍を入れて煽りに来た!?
また陛下もろくでもない事を考えているのでしょうね。
「差額が問題か。なら、仮面と言わず、素っ裸にでもなりましょうか~?」
「いいや、それには及ばん。少し変則的な勝負方法に切り替える」
「差額分を、ヌイヴェル有利のやり方に変えるってか?」
「そうなる」
そう言うと、陛下は側にいたジュリエッタの肩に手を置き、少し間へと押し出しました。
突然の事に、驚くジュリエッタですが、その耳元に何かを囁き、意味深にニヤリと笑いました。
「まずはこの赤毛と打ってもらう。次にヌイヴェルと打ってもらう。つまり、二回勝てば、そちらに我が愛しき魔女を差し出そう。お前が負けたら、その際は素顔を晒してもらうぞ」
陛下の出した条件に、また場がざわめきました。
(と言うか! 愛しき魔女とか言わないでください!)
むしろ、そちらの方でざわついている感すらあります。
実質、“寵姫”宣言をしたようなものですから、騒がしくなるのも当然でしょう。
噂としては立っていても、実際に陛下の口からわたしとの“ただならぬ関係”を肯定したようなものですから。
それに、グローネ大公妃陛下まで笑っておいでですよ。
さすがはゴスラー様の妹君、色恋沙汰には寛容でいらっしゃる。
「ほ~、その程度の事でいいのか。まあ、いいんじゃないかな?」
あくまで余裕の態度を崩さないレオーネ。
ジュリエッタを舐めるように値踏みし、それから視線をまた私に戻して来ました。
「ちなみに、魔女ヌイヴェル、あの赤毛の腕前と、お前との関係は?」
「ジュリエッタは私の妹分ですわ。将棋の腕前は、私より上。私の知る限りにおいては、二番手の指し手ですわよ」
これは嘘ではなく、本当の事。
私も数多くの対局をして、あるいは見学してきましたが、将棋の指し手としては、一番は亡くなったカトリーナお婆様で、その次はジュリエッタ。
私がその次あたりですね。
「ふ~ん、赤毛ちゃんの名前はジュリエッタか」
「私の自慢の妹で、私のお店の看板娘でもありますよ」
「あっちも娼婦か。姉妹揃って、淫乱なこって」
「娼婦が全員、淫乱だとは思わない方が良いですわよ。それに“娼婦”ではなく、私とジュリエッタは“高級娼婦”だという事をお忘れなく」
そもそも、『cortigiana』は古い言い回しで、本来の意味は『宮廷女官』ですからね。
気品と教養を兼ね備え、普通の娼婦とは一線を画するからこそ、そのように表現されてきたのです。
上流階級の殿方の相手をするには、礼儀作法は言うに及ばず、専門家とも対話できる水準の教養が必須ですからね。
それこそ『天国の扉』で働いている嬢は、私やジュリエッタも含めて全員、明日からでも各省庁に出仕して、書記官として働けるほど、読み書き計算から簿記まで習得しております。
さらに各々得意とする分野においては、専門家とすら普通に会話できるほどの学識を持っております。
本当に『宮廷女官』になれるのですよ、その気になれば。
「ま、どっちでもいいさ。一回勝つのと、二回勝つのと、俺にとっちゃ大した差はない。ちょいと時間が間延びするだけだ」
「随分な自信ね。先に伝えておくと、ジュリエッタはこの国で二番手の指し手で、私は三番手の指し手よ」
「そうかい。ちなみに、一番の指し手は?」
「亡くなったカトリーナお婆様。これだけは揺るぎない」
「一番は大魔女、か。なら、お前らも大した事はないな」
「そう言える根拠は?」
「俺に将棋を教えたのはそのカトリーナで、ルールを覚えたその翌日には、俺がカトリーナを上回っていたからな」
「…………!?」
「俺が将棋をやらない理由は一つ。誰も俺に勝てないから、やってもつまらないからだ」
冗談で言うには、あまりにも堂々としており、声に澱みも揺らぎもない。
道化姿で表情が分からないのですが、“素”で言っていそうなのが恐ろしい。
(それよりも、カトリーナお婆様に教わったですって!? しかも、カトリーナお婆様に勝ったと!? 私でさえ、お婆様には一度も勝ったことがないのに!)
お婆様の差し方は本当に独特で、先が読めない方でした。
何百回とやりましたが、結局勝ち星をいただける事はありませんでした。
それに勝った、というのであれば驚愕です。
正真正銘の天才、という事ですわね。
もちろん、それが本当であれば、ですけど。
「それじゃあ、ご指名いただいたし、始めましょうか」
こちらが考え事をしている内に、ジュリエッタがすでに側まで来ておりました。
自信ありげなその表情は、私に安心感を与えますが、それを通り越して不気味なのがレオーネという存在。
正体が分からない事ほど、恐怖を感じる事はありませんものね。
「ま、ヴェル姉様には回って来ませんよ。私が倒しちゃいますから」
「頼もしいわね、ジュリエッタは」
そう言って、渡すはさりげなくジュリエッタの肩に手を置き、“肌の露出している部分”に手を置きました。
【淫らなる女王の眼差し】によって、情報を抜き取ります。
もちろん、欲する情報は、先程陛下が耳打ちした内容について。
「レオーネの態度を察するに、何かしらの仕込みなりイカサマなりがあるはずだ。ジュリエッタよ、まずはお前が露払いをして、出来る限りの情報をヌイヴェルに渡せ。託されたものを魔女は上手く調理してくれる事だろう」
これが陛下がジュリエッタに託した策ですか。
(ジュリエッタも良く引き受けましたね。私が勝ち筋を見出すために、敢えて泥を被りますか。陛下もお人が悪い)
しかし、託された以上、私も下がる事が出来なくなりました。
ジュリエッタや陛下の信頼を裏切る事は、私にはできませんからね。
全力で、レオーネの自信の源を暴いてみせましょう!
望まぬ結婚を避けるためにもね!




