11-6 招待客 (5)
久しぶりにお会いしたというのに、相変わらずの威勢のよろしいゴスラー様の振る舞いに安心しましたわ。
マリアンヌも子を宿したとの事ですし、アールジェント侯爵家は本当に順風満帆なのでございますね。
「んで、魔女殿よ、陛下への挨拶はまだか?」
「さすがにあの列には加われませんわ」
壇上の上座にいる大公家御一家に挨拶をするのは当然にしても、その順番待ちで列を成しておりますからね。
おまけに、顔触れを見ますに、上級貴族の一門の方々が並んでらっしゃいますから、男爵家の我らが入り込む余地なし。
陛下からの寵を笠に着ればいけるでしょうが、それでは不要な誤解や嫉妬を買う事になりますからね
今少し、家格の下がった状態の列になるまで待機するのが無難と言うものです。
しかし、目の前の御方にはそんな理屈など関係ありません。
「なら、構わん。私と一緒に来い。順番なんぞ、普通に横入りよ!」
あの列に向かって横入り宣言とは、さすがはゴスラー様。
傍若無人、ここに極まれりですね。
「ゴスラー様、騎馬戦は正面からぶつかり合うものでございますよ?」
「たまには、集団戦でもよかろうて。それなら“横槍”はむしろ、騎士の嗜みよ」
「フフフ、あなた様にだけ許された物言いですわね」
「どのみち、ヴォイヤー公爵家がメチャクチャになった以上、大公家の一門衆は限られておるからな。その中で最も権勢のあるのは、我がアールジェント侯爵家だ。謁見の横入りくらいで、誰にも文句は言わせんよ」
実際、その通りだから困りますね。
『処女喰い』の事件の際、首謀者であったヴォイヤー公爵家は勢力を大きく減衰させてしまいました。
武装蜂起による大公位の奪取すら計画に入っており、しかもネーレロッソ大公国との内通まで加わって来ましたから、陛下も徹底的にやりましたからね。
表向きは訓練中の事故で、公爵家の当主と嫡男は死亡。
その後の当主には陛下の息のかかった公爵家の分家筋の者を配し、更に所領もかなり没収されてしまいました。
これでヴォイヤー公爵家はほぼ無力化され、かつての大公家に次ぐ権勢を誇っていた姿は、もはや見る影もなくなりました。
また、ヴォイヤー公爵家に限らず、陛下の御身内はあまりおりませんので、数少ない一門衆となりますと、ゴスラー様がそうなります。
なにしろ、大公妃グローネ様はゴスラー様の妹であり、陛下とゴスラー様は義兄弟という事になるのですから。
おまけに、家督を継いだ直後は何かと騒動があり、家が傾いておりましたが、枯渇していた銀鉱山もなぜか復活し、更には琥珀の鉱脈まで発見されて、今や空前の好景気に湧いているのが、アールジェント侯爵領なのです。
そんな勢いある陛下の御身内に逆らえる者など、少なくともジェノヴェーゼ大公国の中にはおりませんわね。
「ほ~れ、気にするな! 行くぞ! 行くぞ!」
急かされるように、私はもちろんの事、ディカブリオにラケス、ついでにポロス様まで背中を押されました。
ただ一人、ジュリエッタだけは会話に加わらず、少し離れた場所に視線を向けていました。
私もその視線の先に目を向けますと、その理由はすぐに分かりました。
ジュリエッタが見ていたもの、それはチロール伯爵ユリウス様でした。
娼館の上客であり、ジュリエッタにとっては最大のお得意様ですわね。
しかし、雰囲気がいつもと違う。
それもそのはず、普段見かけない女性と話しているからです。
「あれはチェンニー伯爵家のアリーシャ様ですわね」
「ああ、あれがユリウス様のお相手の最有力候補の……」
今現在、ユリウス様を巡って、各貴族が熾烈な競争を繰り広げております。
ユリウス様はフェルディナンド陛下の姉君であるアウディオラ様の忘れ形見で、陛下が特に可愛がっている甥っ子です。
しかも、血筋のみならず、才覚も極めて優秀であり、僅かに十七歳という若さでありながら、すでに礼部の尚書次官補にまでなられている若手の出世頭。
さらに、リグル男爵という名誉爵位から、チロール伯爵の家督を相続し、貴族としての地位も確かなものにしました。
将来はいずれ宰相に就くとまで言われている若者が、婚約者の居ない状況なのですからさあ大変。
一族の娘を嫁がせ、その縁戚になろうと考えている貴族がわんさか出てきているという訳です。
そんな中にあって、優勢に話を進めているのが、チェンニー伯爵家です。
私が薦めたというのもありますが、何度か陛下やユリウス様、そして、チェンニー伯爵家の当主ジョルジュ様が顔を会わせ、色々と話しているのを見た事もありますからね。
いよいよ話が煮詰まって来たという事なのでしょう。
こうした宴は、婚約者の顔合わせなどにも使われますからね。
特に、早めに目合わせする事で、自家の優位性を誇示するために。
「で、アリーシャ様の後ろにいるのが、父君のジョルジュ様と兄君のマルコ様ね。母君は既にお亡くなりになられていますから、今日は一家そろってお婿さんの値踏みと言ったところでしょうかね」
「…………」
「ジュリエッタ、思うところはあるのでしょうけど、いつかこうなる事は分かった上でのお付き合いでしょ?」
「それは分かっています。どう取り繕っても、娼婦とお客様、それ以上でも以下でもないんですから」
「分かっているならよろしい。引くべき時に引かないと、色々と辛いわよ。割り切って生きないと、いつまでも引きずるわよ、私みたいにね」
なにしろ、陛下もアルベルト様も実につれない御方ですからね。
こちらが誘っても全然乗って来ませんし、それどころか人目のないところでも軽く触れる事すらしてきませんからね。
昔馴染みと言えども、男女のそれではなく、飲み仲間、話し相手。
それ以上は望むべくもなく、ずっとそうなのですから。
「ねえ、ヴェル姉様、結婚って幸せになれるのかな?」
「難しい質問ね。基本、貴族の結婚は政略結婚ですからね。夫婦の相性よりも、家と家の繋がりこそ重要ですから。子を成すのも、義務であり仕事。そう割り切って考えるべきだわ」
「ゴスラー様やマリアンヌ様みたいにはいかないか」
「あれを基準にしてはダメよ。魔女の悪戯で、上流階級では珍しい恋愛結婚ができた例外なのですから」
「結局、幸せにはなれないって事か」
「そうとも限りませんわよ。現に陛下と大公妃様は仲がよろしいですしね。政略結婚ではあるけど、仲睦まじい夫婦ではありますわよ。たま~に、陛下が危険な夜遊びに繰り出されること以外は」
その夜遊びのお相手が私なんですけどね。
と言っても、魔女の誘惑には目もくれず、将棋を興じては、私に勝ち星を献上して唸っているだけですけどね。
「でも、あの伯爵令嬢、全然楽しく見えないし、幸せそうにも見えないんだけど?」
「多感な時期ですし、色々あるのでしょう。色恋を覚える時期ですから、他の誰かに恋心を抱いているとかね」
「それでも結婚を強いられるという訳ですか」
「家同士を繋ぐのが、婚儀の最大の理由ですからね。まあ、好いた惚れたは、後から付いてくるものですよ。それこそ、顔を会わせず、結婚式で初めて会ったなんて例もゴロゴロ転がっていますし、それは回避しようとユリウス様の後見役である陛下も、色々と気を使われているという事でしょう」
実際、この宴以外でも、事前にあれこれ話をされているみたいですからね。
そして、今宵がユリウス様とアリーシャ様の初顔合わせ。
あの少し引いた感じの曇ったアリーシャ様の顔も、ただ緊張しているだけかもしれませんからね。
「……さあ、サパッと忘れて、次の上客を捉まえましょう!」
「ヴェル姉様もあっさり言いますね」
「あなたの四倍は娼婦としての年季を積んでいますからね。場数が違うのよ、場数がね! 気にしてたら負けよ!」
若干気落ちしている妹分の背を押して、ゴスラー様に誘われるままに列への横入りをする事にしました。
アリーシャ様を陛下に紹介したのも私ですからね。
同じ伯爵で同格な上に、齢も程近い。おまけに、ネーレロッソ大公国の工作員が接触した可能性があるので、より親密に結びついて策を入れ込む隙を与えないように、と。
結果、妹分を“失恋”させる結果になってしまいましたわ。
ごめんなさいね、ジュリエッタ。
魔女はどう取り繕うとも、魔女なのでしょうか?
幼馴染みの仲人を勤めた次は、妹分の縁切りを招き寄せてしまうとは。
私はつくづく、嫌な女なのかもしれませんわね。




