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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
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10-46 連帯保証人

 “連帯保証人”


 はっきり言いましょう。


 これだけは絶対になってはいけません。


 要するに、借主が何らかの事情で借金を返せなくなった場合、連帯保証人になった者がその肩代わりをしなければならないという制度です。


 債務の連帯保証人になりますと、主債務者と同等の返済義務を負う事となり、資産の差し押さえもあります。


 借金から逃れるための夜逃げ。そして、連帯保証人への取り立て、というのが毎度のお約束ですからね。


 一部とはいえ、銀行での業務に携わっていれば、嫌でも耳にする話です。



(親類縁者や親友と言えども、決してなってはならないのが、“連帯保証人”と言う立場。己の身を破滅させる、地獄への通行手形です。本来は進んでなるようなものではないのですが……)



 今回だけは、その悪しき立場を引き受けても良い条件が整っております。


 まず第一に、主債務者(今回はゴスラー様)が絶対に夜逃げできない立場の人間だという事です。


 なにしろ、侯爵でありますから、領地をお持ちです。


 貴族としての立場もありますし、夜逃げするなど以ての外です。


 財務状況が悪く、現金には乏しくとも、差し押さえる財産は大量にお持ちですからね。


 もし、債務不履行と見なされ、それらを差し押さえた場合、私の所に回って来る請求書は、まあ現実的な金額になっている事でしょう。


 つまり、“こちらの損害が限定的”という事です。


 次に、銀行側に融資しやすい環境であると示す事です。


 主債務者が債務不履行になった場合でも、債務に連帯保証人が付随していれば、そこから回収すればよいと銀行側は考えます。


 我がイノテア家が裕福なのはパリッチィ銀行側も周知(我が家の主要銀行)しておりますし、融資への敷居は低くなります。


 あと、直接「連帯保証人になる!」と告げましたので、勝ち筋が見えていると相手に思わせる狙いもあります。


 何かしらの事情がなければ、進んで連帯保証人になるわけがない。


 では、その事情とは何か?


 儲け話だからこそ、平然と乗っかれると判断する事でしょう。



(実際、あの二人の秘めたる魔術の覚醒条件は整えましたから、あとは実りへの時を待てばよいだけ。程よい時期に収穫すれば、皆が美味しい果実を分けあえるというわけですよ)



 勝ちは揺るがない。


 余裕で回収できると考えるからこその、“連帯保証人”というわけです。



(さて、フランヴェール様、これに対しての返答やいかに!?)



 じっとこちらを見て、視線をこれでもかと合わせてきます。


 嘘か、真か、その判断ですわね。


 ですが、無駄ですわよ。


 この嘘話も、勝利への高揚感で、その気配を消しておりますからね。


 勝ち筋が見えているからこそ、恐れも後ろめたさもない。


 あとは待てばよいだけの状態。


 嘘を嘘と見抜く事はできませんわよ。



「そうか、連帯保証人か。そこまでやれる話、ということだな?」



 まだ若干の疑いはありますが、やはり“連帯保証人”の申し出は大きい。


 取りはぐれのない貸付ほど、銀行にとっては良い話もないですからね。



「勝ちが見えたら、とことんまで突っ込む。祖母から受け継いだ、私の投資方法ですわよ、フランヴェール様」



「ああ、そうだな。カトリーナ殿もそうだった。妙な商売を始めたり、流行るのかどうかも怪しい珍奇な物を売ったりしていたが、そのどれもが当たりであったからな」



「はい。祖母は売れる商品を作り出し、それを見事な手腕で宣伝して、商売を大きくしました」



「今回の“婚礼保険”にしてもそうだったな。こんな巧みな保険、なかなかにない話であった。だから事業ごと買い取ったのだから」



「左様でございます。ですので、魔女の後釜のこの私、ヌイヴェルをご信用あって、融資の話、進めてはいただけませんか?」



「よかろう。“連帯保証人”になるのであれば、こちらも文句はない」



 そう言いますと、フランヴェール様は机の上に置いていた呼び鈴を手に取り、チリンチリンと奏でました。


 程なくして、先程私をここへ連れてきました行員が姿を現し、支配人であるフランヴェール様にお辞儀をしました。



「お呼びでございましょうか?」



「うむ。アールジェント侯爵への融資を行う事にした。侯爵が領地に戻る際、お前も随員し、話を進めてくれ」



「畏まりました。して、如何ほど用立てればよろしいでしょうか?」



「上限なし。先方が欲するだけ、たっぷり貸し付けてやれ」



 上限なし、これには歴戦の行員も驚いておりますわね。


 いくら相手が侯爵とは言え、上限設定なしの貸し付けは前代未聞の事でしょう。


 しかし、支配人からの命令が下された以上、行員としては従うよりありません。


 承知しましたと引き受けて、そそくさと退室していきました。



「フランヴェール様、融資の件、ありがとうございました」



「フッ、“魔女の誘い”とは相性が良くてな。カトリーナ殿の誘いに乗っては、色々と投資したり、あるいは貸し付けたりしたが、どれもこれも当たりだった。今回も儲けさせてくれるのだろう?」



「それはもう! 最悪、我が身を売ってでもお支払いしますから」



「やめろ! それだけはやめろ! 色々と面倒になる!」



「ですが、契約は“絶対”ですわよ?」



「もう数年大人しくしていてくれ。まかり間違っても、ヌイヴェル殿が“結婚”してしまうと、我が銀行が大打撃となる!」



「あら、それは残念ですわね。いざという時に輝くからこその“保険”ですのに」



 わざとらしいくらいにビクついているフランヴェール様ですが、それもそのはず。


 なにしろ、私にも“婚礼保険”が適応されているからです。


 しかも、その払戻金の額は、今回の一件のより、桁が二つも違います(・・・・・・・・・)


 下手をすると、銀行の経営に影響が出かねない程の巨額な保険が、私に掛けられているのです。



(まあ、これもカトリーナお婆様が遺した遺産でもあるのですけどね)



 なにしろ、お婆様がこの保険をパリッチィ銀行に売却する際、私に保険を掛けたという文章を偽造し、紛れ込ませたのですから。


 しかも、事業譲渡契約書を作成する際、【絶対遵守フィサティオーネ】まで使って契約しましたからね。


 そうなってはもう後戻りができない。


 まんまと在りもしない巨額の保険契約を掴まされ、私が結婚したら銀行が傾くという破滅の砂時計を押し付けられたのです。


 私が銀行の部外者でありながら、保険の運営委員に名を連ねておりますのも、『結婚しない事を条件に委員会に参加する権利』を手にしているからです。


 一部とはいえ、名の知れた大銀行の内部を覗けるわけですから、得られる情報は破格のものばかり。


 お婆様が遺してくれた遺産の中でも、特に利益が大きかったのが“嘘の保険”というのが笑える冗談です。


 まあ、笑えるのは私だけですけど。


 銀行側からすれば、私がいつ娼婦稼業から撤退し、誰かと結婚しないかといつも肝を冷やしているのです。



(もっとも、それが有効なのもあと数年の話。“婚礼保険”の規約の内、『36歳で無効となる』が含まれていますから)



 今のところ、結婚する気もなければ、相手もいません。


 かと言って、金銭目当てで結婚するというのも、私の矜持が許しません。


 お金は稼ぐことができますが、初婚は人生でただ一度きりですからね。


 本当に私が好きになり、そして、私を愛してくれる方でなければお断りです。


 なのでおそらく、この保険は期限切れとなることでしょう。


 ですから、フランヴェール様、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。


 こうして一緒に儲け話に華を咲かせ、山吹色の御菓子を共に頬張りましょう。


 それがお互いにとって一番なのですから。



(さて、これで守秘義務違反を誤魔化しつつ、侯爵家への融資も固めましたわね。もうこれで憂いは一切なくなったわ。あとは収穫の時期だけ)



 マリアンヌの魔術はじきに発動する。


 効果は正直、未知数ですが、本命であるゴスラー様の魔術の覚醒までの繋ぎにはなるでしょう。


 そして、そのゴスラー様の魔術が目ざるためには“引きこもり”。


 そちらもおそらくは大丈夫。


 夫婦揃って覚醒した時、相乗効果でとんでもない事になるはずです。


 さあ、じっくり待つとしましょうか。


 ゴスラー様、マリアンヌ、改めてお幸せにね♪

 

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