10-38 結婚式は華やかに (3)
事態が全然飲み込めず、困惑するだけのピエトロ様。
周囲があらな夫婦となったゴスラー様とマリアンヌの門出を、万雷の拍手で祝う中、ただ一人、呆け面を晒しております。
ああ、みっともない事ですわね。
「な、何かの冗談か!? なんで、マリアンヌが侯爵と結ばれる!?」
「決まっています。ゴスラー様が熱心にマリアンヌを口説いたからですわ」
「口説くだと!? あんな醜い顔の女をか!?」
「ピエトロ様、仮にもあなたの妹でしょうに、その言い草はいかがなものかと」
素直に祝福してやれば良いものを、とことん性根が歪んでいますわね。
捨てたはずの妹が、ボロで包んだ惨めな生活を送っているはずの妹が、金色の王冠と銀色の絹衣を纏って帰って来たのですからね。
驚きはするでしょうが、それでも祝辞の一つも出さないのは、本当にクズですわ。
「さて、この状況、ピエトロ様はどう思われますか?」
「ど、どうとは?」
「あなたはマリアンヌに対して、誠実な対応をしていましたか? 兄として、あるいは家門の長として、妹、あるいは一族の婦女子に対して、他者に恥じる事のない接し方をしておりましたか?」
嫌味たっぷり質問を投げかけましたが、答えられるわけがありませんよね。
もし、ピエトロ様が亡くなられた先代同様、家門の長として一族の女をちゃんと面倒を見ていれば、こうはならなかったのですから。
伯爵令嬢の外聞を気にするのであれば、費用ばかり掛かりますからね。
日々の食事や衣類、伯爵令嬢に相応しい装いを用意しなくてはなりません。
しかし、“見返りが一切ない”という現実が突き刺さる。
どこかに嫁がせ、縁故を固めるのが貴族の女性の使い方。
しかし、マリアンヌの“顔”ではそれができない。
費用ばかりかかってしまい、何の利益をもたらさない物、人はそれを“ゴミ”と呼びます。
マリアンヌをそう考えたからこそ、修道院に押し込めたのでしょうね。
(費用対効果としては、ある意味それが正解なのでしょう。利益を生まない、費用だけが掛かる“不良債権”なんぞ、さっさと手放してしまいたいと思うのは当然。しかし、人は意志を持たぬ道具ではなく、自らで考えて動けるものなのですからね)
しかし、それが許されるのは本当に希少。
女三界に家なし。これがまかり通っているのですから。
自らの意思で歩む事、すなわち“自由”は、望んでも手に入らない儚き夢物語。
待ち望んでもやって来るものではなく、自らの意思で切り開かなければなりませんが、女性という存在は社会においてあまりに無力。
唯々諾々と、親や家長の命令に従わざるを得ません。
夢物語、白馬の騎士は、いつやって来るのか?
そればかりを考え、今日も意思を持たない人形のごとき生活を送る。
マリアンヌの二十年間はまさにそれ。
厄介者扱いされ、修道院に放り込まれ、何を考えるでもなく、ただ神に救いを求めて祈るだけ。
(でもまあ、気まぐれな魔女が、白馬の貴公子を連れてきたのですけどね)
と言っても、ゴスラー様の熱意があればこその結果。
冷たい氷に閉ざされた凍り付く心、そこに光を差し入れたのは他でもない、ゴスラー様なのですから。
その気になれば、どんな女性でも口説き落とせる端麗な容姿と貴族の地位を持ち、騎士としての名声もあります。
しかし、そんな貴公子が選んだのは、この上なく醜い女。
直視するのも憚れるほどの歪んだ顔のマリアンヌ。
それでもゴスラー様は彼女を選んだ。
その醜い顔の下に眠る、純真な乙女の姿に魅せられて。
「はっきりと申し上げておきましょうか、ピエトロ様。もしあなたが心の中にやましい事を感じているのであれば、“報復”を覚悟されておいた方がよろしいかと」
「ほ、報復だと!?」
「花婿がその気になれば、できるのですよ、報復を」
「そ、それは……!」
「あるいは花嫁が、花婿に報復のおねだりするかもしれませんわね」
「あ、ああ……!」
「それとも、二人と懇意にしている私が、良からぬ事を吹き込むかもしれませんわよ。正直、大切な幼馴染みへ向けた仕打ち、かなりキレていますから」
今まで報復の機会がなかったから、特に動かなかっただけですからね。
もし、マリアンヌが望めば、すぐにでも身柄を引き取って一緒に暮らしていたのですけど、彼女は心を閉ざし、ずっと修道院で暮らす事を望んだ。
誰からも望まれず、ただ人形のように日々を過ごす。
そんな彼女を人間に戻したのは、ゴスラー様の熱意と愛情。
出発点こそ“借金の返済”のための条件作りでしたが、今はその邪な感情もなくなり、純粋に彼女を愛してくれています。
仕掛けた私が、想定していた以上の結果です。
(今やこの教会は蜘蛛の巣も同然。網が絡まり、動けなくなった羽虫も同然のピエトロ様。周囲には味方もおらず、その気になれば殴打の雨あられ。血飛沫が舞っても不思議ではありませんわね)
伯爵への暴行は重罪ですが、それ以上の侯爵がいますので、どうにかならなくもないですわね。
それに気付いたからこその、体の震え。
逃げ出したいけど、逃げ出せない状況。
しかし、ピエトロ様への報復はまだ始まったばかり。
ほら、入口をご覧ください。
破滅が“死神”となって姿を現しましたわよ。
「すまんな! 遅くなった!」
そう、現れました人影は二人。
誰しもが知るその姿。
一人はジェノヴェーゼ大公国の支配者たる、フェルディナンド大公陛下。
今一人は、大公国の暗部を司る密偵頭、プーセ子爵アルベルト様。
(あら、アルベルト様はお呼びしていなかったのに、陛下がわざわざお連れになりましたか)
二人揃って現れるのは稀ですので、少々驚きましたが、どうやら陛下も意地の悪い事をお考えのようですわね。
さあ、いよいよ盛り上がって参りましたわ。
侯爵どころか、大公陛下による大上段からの一撃、楽しみですわね。
しかも死神のオマケ付き。
もう泣く事すら許されませんよ、ピエトロ様。
二十年分の負債、今日この場で一挙に返済していただきますわ♪




