10-36 結婚式は華やかに (1)
なんやかんやで準備に明け暮れている内に、教会での結婚式が開かれる事となりました。
花婿はゴスラー様、花嫁はマリアンヌ。
場所は港湾都市ヤーヌスにあります教会。
ヴェルナー司祭様がおられる教会ですわね。
本来、花婿であられるゴスラー様は名門の候爵家でありますし、本来なら公都ゼーナの大聖堂か、あるいは領地にあります私的な礼拝堂で行われるのが常でございます。
しかし、今回はこれで正解。
なにしろ、ここの式場は全てが罠。
花嫁の兄であるマクディ伯爵ピエトロ様を貶める為だけに行われる、盛大な喜劇の舞台なのですから。
ちなみに、そのピエトロ様は最前列の席に座られております。
花嫁の親族、家門の当主でありますから、当然の席順ですわね。
「フンッ! 所詮騎士階級の挙式だな。列席者が少ないし、大した事もない」
グルリと会場を見渡し、そう述べておられますが、それは正解。
なにしろ、ここにいるのは身分の低い方ばかり。貴族が混じっている者といえば、我が家の面々くらいですわね。
まあそれもそのはず。そういう風に、招待状を配ったのですからね。
ここにいる全員、“魔女の息のかかった者”だけで揃えましたから。
それを知らないのは、花嫁の兄だけ。
(まあ、見ていなさい。これから“ドッキリ”するようなことが起こりますから)
私は隣にいるピエトロ様に素知らぬ顔を決め込み、そのお顔が歪む瞬間を今か今かと待つ事としました。
そして、壇上には式を取り仕切るヴェルナー司祭様、司会のヴィットーリオ叔父様が登壇されました。
兄弟で式を取り仕切るのもなかなか見られませんが、私の息のかかった者だけを集めて挙式となりますと、どうしてもこうなりますわね。
「え~、御列席の皆様、本日は新たな夫婦となる御二方のために、お集まりいただきましてありがとうございます」
教会の礼拝堂は天井が高く、音が響くような設計が成されております。
ヴィットーリオ叔父様も街の名士として会議や公演に出席し、そこで鍛え上げられた良く通る声を発しています。
いよいよ始まると、皆がピシッと背筋を伸ばして座り直しました。
「では、花嫁の入場を行います。皆様、拍手を以てお出迎えください!」
入口の扉が開かれ、まずは花嫁の入場。
ちなみに、今日の準備は衣装から席順、小道具の配置まで、その全てが私の計算の下に手配、設置をしております。
花嫁の衣装は絹製の純白のドレス。
凛と咲く白百合のようですわね。
そして、何よりも重要なのは“顔”。
マリアンヌには、私とジュリエッタで徹底的に化粧を施しました。
なにしろ、顔は大火傷で醜く歪んでおりますので、直視するのも難しい程です。
なので、それが分らぬように厚化粧を施し、その傷を徹底的に隠しました。
(我ながら見事な仕事だと感心する。それにマリアンヌ、傷さえ見えなければ、本当にきれいよね)
これは偽りなき本心からの評価です。
醜く歪んでしまったのは、あくまで火事という外的要因。
それさえなければ、嫁の貰い手など引く手数多。
三十路過ぎまで逼塞した生活を送らなくて済んだでしょうにね。
そして、列席者の見守る中を進み、最前列の座席の列まで来ると、クルリと私の隣にいるピエトロ様の方を振り向かれました。
軽く会釈し、何気ない挨拶ですが、兄と妹が顔を会わせるのも、実に二十年近くぶりです。
思うところは色々とあるでしょうが、それをマリアンヌは抑え込みました。
長年の我慢が、あるいはそうさせたのでしょう。
しかし、ピエトロ様はそうではありませんでした。
「久しいな、マリアンヌよ。随分とまあ、上手く化けたものだな。その点だけは感心するぞ」
口から飛び出したのは、容赦のない嫌味。
折角の兄妹の再会も、やはりこうなったかと少しばかり残念に思いました。
(まあ、ここで詫びの一つでも入れましたら、多少は手心を加えましたのに、もう容赦の必要もありませんね)
こちらとしては、むしろ好都合。
徹底的に締め上げて、情けなく顔を歪めて転がる様を拝む事が確定したのですから、却って清々しますわね。
そんな兄の嫌味など気にもかけず、今一度会釈をしてから壇上に上がるマリアンヌ。
司祭、司会にそれぞれ挨拶をして、二人もにこやかに返す。
「では、続きまして、花婿の入場でございます。皆様、今一度の拍手を以てお迎えください」
そして、再び入り口の扉が開かれまして、皆がそれに注目。
ちなみに、ピエトロ様には花婿の名前を教えていません。
どんな奴が物好きにも妹を娶ったのかと入口を振り向きますと、そこに立っていたのは“覆面の男”。
頭巾をかぶり、顔を隠した謎の男。
ピエトロ様、困惑していられるのも今の内ですよ。
あの頭巾がめくられ、素顔を晒した瞬間こそ、あなたへの復讐劇の幕開けなのですからね。
さあ、始めましょう。
楽しい楽しい魔女が用意した、呪われし華燭の典を!




