10-20 三つの約束 (3)
「顔を隠して口説くのか……。それはそれで難易度が高いな」
この条件にはさすがに唸るゴスラー様。
なにしろ、その端麗な顔立ちは、間違いなく強力な武器ですからね。
こんな美男子に甘い言葉で迫られましたら、そりゃ大抵の女子はコロリと行ってしまいますわよ。
「ゴスラー様、少し勘違いなさっております」
「勘違い?」
「隠すのは、“顔”もそうですが、“素性”も明かさないようにお願いしますよ」
「アールジェント侯爵と名乗るのはマズいというわけか」
「侯爵からの求婚、これだけでも強烈過ぎる一撃です。これも女を落とすのには、最強無比な武器となります」
「となると、偽名か、もしくは単にゴスラーとしか名乗れぬわけか」
「はい。それでお願いします。必ず“真心”を以て彼女を口説き落とし、本当に愛し合う夫婦になってくださいね」
それが絶対条件ですから。
そうでなくては、私の策が破綻してしまいます。
“愛し合う夫婦”というのが、満たすべき最低条件。
是非とも頑張ってくださいね。
「まあ、それは頑張ってみるしかないな。それで、三つ目の約束は?」
「マリアンヌとめでたく結ばれましたらば、夫婦仲良くアールジェント侯爵領でお過ごしください。二年間は決して領地からは出ず、傾いております領地経営を必死で立て直してください」
「領地に引き籠れと!?」
「はい。例え陛下からの招集があろうとも、健康を理由に絶対領地から出ないようにしてください。その際は私がちゃんと陛下の方へ弁明に参りますので、とにかく侯爵領から一歩も出ないでください。期限は二年ですし、“絶対遵守”でお願いします」
これは絶対に守っていただかなくてはなりません。
なにしろ、ゴスラー様がお持ちの魔術、その覚醒のための条件付けは“引き籠り”なのですから。
引き籠っていただかない事には、決して目覚める事はないのです。
放浪癖のある方には辛いかもしれませんが、傾いている侯爵家の立て直しのためには、是非とも守っていただかないといけません。
(そう。ゴスラー様の魔術さえ目覚めれば、一発逆転を狙える。そして、マリアンヌの方の魔術もまた、とんでもない可能性を秘めている。もし、互いの魔術が絡み合えばあるいは……)
可能性は本当に薄い。
放浪癖のあるゴスラー様には“引き籠り”を強要。
一方、マリアンヌの持っている魔術の条件付け、それは“恋愛結婚”。
政略結婚が当たり前の貴族社会で、愛によって結ばれ、愛が途切れることなく続く夫婦など、本当にごく少数。
ましてや、あの醜い顔の女性を愛して、それが末永く続くなど不可能に近い。
(それでも成し遂げた際の効果は大きい。それこそ、借金の返済どころの話ではないわ。ディカブリオとラケス、あの二人をも上回る最高の夫婦が完成する!)
はっきり言って、かなり下衆な発想です。
私は自身の魔術【淫らなる女王の眼差し】によって、肌の触れ合った相手から情報を抜き取れます。
ゴスラー様とは、客と娼婦として接触し、マリアンヌとは幼馴染みとしてさり気なく握手や抱擁で接触し、それぞれの情報を盗み見ております。
両者の条件付けを知っていたのもそのためです。
互いの相性など二の次で、互いが持つ魔術の相性のみで夫婦を決する。
それはまさに“雲上人”と同じやり口。
愛情などそっちのけで、継承される魔術のみに目をやり、無理やり夫婦となって子を成す。
“雲上人”は両親から必ず一つずつ魔術を継承しますので、相性の良い魔術を持つ者同士の婚儀は、極めて有用。
“天の嫁取り”と呼ばれる花嫁探しは、まさに愛情を無視した相続の問題というわけです。
子に残すのは、財産か、魔術か、という違いはあれど、その点では貴族も“雲上人”も変わりはないです。
(まあ、それでは味気ないからと、ディカブリオとラケスには苦労しましたけどね)
一応、あの二人の婚儀は、形としては“恋愛結婚”。
互いに惹かれ合い、そして、夫婦の契りを交わしたと錯覚しているのですから。
私がそうなるように色々と仕向け、結果、実った。
もちろん、今では身分を超えた恋愛を成就させた仲良し夫婦です。
たとえあの朴念仁の背中を押し、九割の補助を以て成立させたものであったとしても。
(しかし、今回はゴスラー様に完全に丸投げ。まあ、奥手なディカブリオと違い、女性の扱いは誰よりも慣れている遊び人ですし、積極性という点では問題はありません。あるとすれば、身分を隠すという事と、相手は初見であれば顔を顰めるほどの醜女だという事です)
まあ、そこは借金返済のために頑張ってください。
結婚は人生の牢獄などと揶揄される事もありますが、実際にゴスラー様にとっては牢獄に等しい。
いくら借金返済のためとはいえ、放浪癖のある者が二年間も引き籠りを強要されるわけですから、本当に牢獄です。
しかし、すでに厳しい状況になっているのも事実。
ツケ払いや借金を重ねて、家が傾きかけているのですからね。
出発点は邪なれど、終わり良ければ総て良し。
さあ、さっさと決断して、修道院からお姫様を連れ出し、一緒に人生の牢獄に入ってください。
住めば都と申しますし、案外悪くないかもしれませんよ。
ガタゴト揺れる馬車での帰り道、ゴスラー様は腕を組んで、う~んと唸って悩み通しております。
悩んでください、考えてください。
“結婚”とは、そうして互いが悩み抜いた末に成就されるものなのですから。
少なくとも、金や権力でどうこうしようなど、おこがましいにも程があるというのが私の考え。
まあ、それは政略結婚や家同士のせめぎ合いを是とする、貴族社会の否定にも繋がります。
さあ、ゴスラー様、ちゃんと考えてから答えを出してくださいね♪




