表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
298/406

10-18 三つの約束 (1)

 修道院での用事を終わらせ、元来た道を馬車で帰る私達。


 すでに馬車の中では顔を隠していた頭巾を外し、ゴスラー様は元の端麗な顔立ちをこちらに見せておりますが、いささかその表情は暗い。


 らしくないと言えばらしくないのですが、華やかな世界を歩み続けた貴公子ですので、修道院などと言う場所は初体験でしたのでしょう。


 衝撃を受けるのも無理ありませんわ。



(ましてや、マリアンヌの置かれている立場を思えばね)



 元は伯爵家のお嬢様で、年齢は私より少し下。


 本来であればとっくに結婚相手が決まっていて、どこぞへ輿入れして子供がいてもおかしくない年齢。


 しかし、現実はあの顔以上に醜い(・・)


 女の価値は“顔”か“持参金”で決まる。


 いくら家柄が良かろうとも、あの顔では嫁の貰い手がありません。


 火事での火傷という後天的な理由によって生じたあの醜い顔は、どこまでも彼女を狂わせる。



(彼女を昔から知る幼馴染みとしては、なおの事ね)



 あの顔の傷を負うまでは、可愛らしい貴族のお嬢様でした。


 しかし、あの傷を負ってからは人生がグニャリと捻じれる。


 価値を失ったその身は家族には邪険に扱われるも、それでも娘への情もあって面倒を見ていたマリアンヌの父。


 しかし、その父が亡くなると、次に伯爵家を継いだのはマリアンヌの兄で、父親ほど情に厚い存在ではありませんでした。


 妹へ向けられたのは兄としての情ではなく、当主としての冷酷さ。


 何の価値もない妹の面倒など、金の無駄だと言わんばかりに修道院へと追いやり、以降は手紙の一つも出さない絶縁状態。


 そんな事ですから、マリアンヌも心を閉ざし、神に救いを求める日々。


 伯爵令嬢ではなく、一人の女性として、修道女として、幸せを求めない生活を続けているわけです。


 あの呪いに等しい醜い顔と共に。



「なあ、魔女殿」



「何でしょうか?」



「先程の修道女、あれは幸せなのだろうか?」



 ゴスラー様より漏れ出た質問もまた、実に重たい。


 今まで華やかな道を歩んでこられた貴公子にとって、初めて見えたかもしれない“世の中の闇”。


 彼女のあの境遇こそ、人間の“軽薄さ”の表れなのですから。



「家族とは、魂と魂で結ばれし者同士の事を指して言う。血の繋がりなどと言うものは、その補助的なものでしかない」



 カトリーナお婆様から常々言われ続けたこの台詞。


 彼女の境遇を見れば、よく理解できるというものです。


 マリアンヌを捨てたその兄は、紛れもなく血の繋がった“血族”。


 しかし、それは“家族”である事の保証ではない。


 ただ単に、血の繋がりがあるというだけで、そこに魂の繋がりを感じない。


 一方、すぐ横にいるジュリエッタは、私にとっては大事な“家族”。


 血の繋がりは薄くとも、情の、魂の繋がりは誰よりも強い。


 私にとっては、妹分であり、弟子であり、時に母娘のように接する、何よりも大切な“家族”なのですから。



「彼女は、マリアンヌは幸せとは言い難いですよ。なにしろ、家族と思っていた者達から棄てられたからこそ、あそこにいるのですから」



「……で、この私にどうしろと?」



「彼女を幸せにしてあげてください。伴侶として迎えて」



「幼馴染みとしての手向けか、それは?」



「いいえ。魔女としての“取引”ですわ」



 私もまた、冷酷に振る舞いましょう。


 無論、彼女に対してではなく、借金を抱えている目の前の貴公子に対してですが。



「ゴスラー様、借金の件ですが、あなたが抱えている借入金の全額を教えてください。そのすべてを私が請け負い、債権を私名義に一本化。ゴスラー様が抱える借金を、分かり易くいたしましょう」



「なんだと!?」



「そして、私への返済に関しては、利息の類は結構。元本のみの返済で構いません」



「おお、それは助かる!」



「ただし! 条件が三つあります! それを約束していただけるならば、他の借金取りからは、少なくとも追われる事はなくなるでしょう」



 指を三本突き立て、グイっとゴスラー様の顔の前に差し出す。


 私も本気ですからね。



(金か、女か、信義を取るか。どれかなどと小さい事は申しません。強欲な魔女は、それこそ“全部”をいただくのですから)



 借金の回収、幼馴染みの幸せ、ゴスラー様の社会的信用、その全てをです。


 やってみせますとも。全力で、ね。



「ふむ……。こちらとしても、わずらわしい借金取りに追われなくて済むから、悪い話ではないな」



「代わりに、私がどこまでも追いかけますわよ。魔女は強欲でございますから、銅貨一枚の未払いも許しませんわ」



「フフフ……、魔女殿に追いかけられるのであれば、むしろ本望! 二人して白い砂浜を駆け出し、『私を捕まえてごらんなさ~い♪』などと言ってだな」



「逆です、逆! 私が追いかけるのであって、ゴスラー様が追いかけるわけではないのですからね!」



「美女を追いかけるのも、美女に追いかけられるのも、どちらでも構わんぞ」



「ゴスラー様、お願いですから、一日五分程度で良いですから、真面目に生きてください!」



「私は常に大真面目だが?」



 やれやれ、この御仁にはかないませんね。


 本当に明るさ、前向きさという点では、底が見えない。



(だからこそ、です。さあ、その底抜けの明るさで、闇に覆われたマリアンヌの心を晴らしてあげてください。その対価として、借金の件は面倒見てあげますからね)



 もちろん、借金を私に一本化させ、それもきっちり回収させてはいただきます。


 物事は何より単純明快が一番です。


 そして、この世で最も尊き単純明快な活力の源、それは“愛”。


 お願いしますよ、ゴスラー様。


 あなたの持つ“愛”の力で、マリアンヌを引っ張り上げてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ