表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
297/406

10-17 いざ、修道院へ! (3)

 訪れました修道院は、極めて質素な造りをしています。


 正面には、祈りを捧げる礼拝堂。


 それを中心にしまして、周囲には書庫や倉庫が立ち並び、食堂、宿舎と、本当に必要最低限といった感じのたたずまいです。



「ふむ。修道院という場所は今まで特に縁のなかった場所であるが、本当に質素なのだな。神学校とは大違いだ」



 キョロキョロ視線を泳がせるゴスラー様ですが、その美顔はすでに頭巾の中にしまわれており、それを眺める事はできません。


 私やジュリエッタにしても、ここに来るに際して、割と地味目の服装にしていますし、極力目立ったないようにしています。



「さて、それでは彼女を探す事にしますか。この時間ですと、山麓の畑の方かしらね。オノーレ、積んできた干し魚、私からの差し入れだと言って、食堂の方に運び入れておいて!」



「かしこまりました!」



 御者のオノーレに荷下ろしを任せて、私達三名は山手に続く道を歩き始めました。


 道の沿線には畑が広がり、野菜や小麦の畑が広がっています。


 のどかな農村を思わせる道ですが、本当に静かな良い場所です。


 神との対話を求めるのであれば、喧騒などと言うものは邪魔にしかなりませんからね。


 こうした町から離れた場所に修道院があるのも、そうした事が理由なのですから。


 しばらく道なりに進んでいますと、私はお目当ての人物を見つける事が出来ました。



「マリアンヌ!」



 私が彼女の名を叫ぶも、反応なし。


 お構いなしに鍬を奮い続けております。


 汚れた衣服に、汗と砂ぼこりでボサボサになった髪、とても伯爵令嬢とは思えない出で立ちですが、ここでの生活に馴染み切っている証です。


 呼びかけても応じないのは、神との対話の真っ最中であるからで、一心不乱に鍬を振るっているから耳に入らないだけです。


 それを分かっているからこそ、私はそれ以上声をかけず、“対話”が終わるのをじっと待つ事にしました。


 そして、待つ事、五分ほど、鍬を振るう手が止まりました。


 首にかけていた手拭いで汗を拭い、そして、ようやくこちらに気付いて振り向いて来ました。



「あら、ヌイヴェル、来ていたの。お久しぶり」



 返事も素っ気なく、一応幼馴染みでもある私に対してこれ。


 何も感じず、何も変化せず、ただ日々を過ごしている。


 生きているのではなく、“存在しているだけ”。


 それが、目の前にいる私の幼馴染みの“元”伯爵令嬢マリアンヌ。


 かつては癖のない滑らかな金髪も、いまでは汚れていてボサボサ。


 服もボロであり、継ぎ接ぎだらけ。


 そして、何よりも“顔”。


 彼女がこちらを振り向いた際、初顔合わせのジュリエッタも、ゴスラー様もギョッとしたほどの“醜女しこめ”。


 醜く歪んで、傷だらけの直視しがたい容貌の持ち主、それがマリアンヌ。


 昔、彼女の住む屋敷で火事があり、その際に顔に大きな火傷を負って、醜く歪んでしまったのが今の彼女なのです。


 そんな彼女の顔に尻込みする二人をよそに、私は構わず話を続けました。



「相変わらずの畑仕事?」



「ええ。何も考えず、ただ土を弄っているだけの方が気が落ち着く。大地に、風に、そして、太陽に、神の力を感じます」



「万物の根源たる神力は、常に我々の隣にある」



「ええ、そうよ。ヌイヴェル、あなたもたまには日の下に出て、畑で鍬を振るってみれば? 娼館で欲望と怠惰に身を委ねるよりも、余程いいわよ」



 娼婦相手に売春を真っ向批判。


 まあ、修道女は娼婦とはまさに真逆の存在ですからね。


 一心不乱に神との対話を求める者にとって、娼婦と言う存在は七つの大罪の内、色欲ルクスーリア怠惰ピグリチィアの融合物としか考えないでしょうからね。


 ゆえに、私は気にもかけない。


 幼馴染みと言えど、今となっては住んでいる世界が違い過ぎるのですから。



(しかし、お婆様の言では、“修道女”こそが完成された娼婦。修道女のごとく、寡黙で勤勉で命令に絶対服従ともなると、監視する店側としてはこれ以上にない存在)



 もし、彼女の性格そのままで娼婦に成れば、なるほど、確かに“完成された娼婦”でありますわね。


 しかし、完成されているからこそ、面白味がない(・・・・・・)


 私やジュリエッタのように、変幻自在であるからこそ、喜びを与える接客もあるのですから。


 ただ床入りするだけの娼婦プッターナにあらず。


 高級娼婦コルティジャーナこそ、不完全でなくてはならない。


 不完全であるからこそ、その足りないものをもとめて補おうとするのですから。


 その後、とりとめのない世間話をいくつかした後、その場を離れた。


 住む世界の違う幼馴染みは、“相変わらず”だった。



(そう、ここに家族から棄てられたものね)



 理由は言わずもがな、あの顔。


 まともに直視できない程に歪んだ顔を持つ醜女。


 彼女が悪いのではない。住んでいた屋敷がたまたま火事になり、それによって生じた傷なのですから。


 しかし、彼女の家族は“家族としての情”よりも、単純明快な“損得勘定”によって彼女をここに押し込めた。



(女の価値は何で決まるのか? それは“顔”と“持参金”。そして、彼女はそのどちらも失った。だから利用価値のない道具は修道院へと投げ捨てられた)



 誰にも見られず、ただこの場で死にゆくだけの“意思のない人形”。


 朝起きて、誰とも話すことなく畑仕事やその他雑務に従事し、そして、また眠る。


 その繰り返し。



(誰か彼女に手を差し伸べる者はいるのでしょうか?)



 そして、私はいまだに頭巾をかぶったままのゴスラー様に視線を向ける。


 他でもない。この御方こそ、彼女をここから連れ出し、“人生”というものを教えてあげて欲しいのです。


 よろしくお頼みしますよ、放浪の貴公子様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ