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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
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10-13 悪びれない貴公子

 そんなこんなもありまして、ゴスラー様を先程の部屋へご招待。


 ここは私が説得するからと、オクタヴィア叔母様には仕事に戻っていただきまして、私、ジュリエッタ、ヴィットーリオ叔父様の三人で詰める事にしました。


 本来であれば、払いの悪い阿呆な客は、筋骨隆々の当店の警護役に締め上げてもらうのですが、相手は侯爵様ですし、当主に就くまでは稼がせていただいた上客でもありますので、一応は穏便な解決を望んでいるのが正直なところ。


 なお、そんなこちらの心情などどこ吹く風か、悪びれもしないこの貴公子。



「いや~、この店の誇る二名花に挟まれての席とは、なかなかに贅沢ですな!」



 実際、正面に叔父様、両隣りに私とジュリエッタで腰かけましたので、ゴスラー様の表現は間違いではありません。


 私とジュリエッタ、同時に相手をするとなると、一晩でどれほどに金子が必要になるか、まあ、普通は有り得ませんわね。



「おほ~、それにバローロではないか! 準備万端で結構な事だ! って、空き瓶か。いや~、残念残念!」



 まったく空気を読まないこの図太さ、これは本当に天性のものです。



(まあ、そのおおらかな性格、豪放磊落ごうほうらいらくを地で行くスタイルは美点ではありますが、大貴族の当主としては不適格。あまりにも大雑把に過ぎますね)



 こういう賑やかしは、従者や近侍でこそ輝くもの。


 あの“道化の騎士”こと、首無騎士デュラハンガンケン様のような立ち位置でこそ活きる素質です。


 当主があまりに放埓ほうらつ過ぎると、それを補助する周囲が苦労するのです。


 おまけに、浪費家で、女遊びが過ぎて、しかもそれを全然気にしない。


 これでは侯爵家の家中をまとめる事もままなりますまい。


 家が傾くのも無理からぬ事ですわね。



「……で、ゴスラー様、いつお支払いいただけるのですか?」



「金が出来た時にだな! まあ、最近はそれで苦労しているわけだが」



「侯爵家の当主がそれでは、他に示しが付かないでありましょうに」



「それは父や兄が悪い! 私を置いて、神の御許へ旅立たれ、似つかわしくない侯爵家の当主を回してきたのだからな!」



 まあ、それまでは親の金で放蕩三昧の放浪生活をして、各地で女性と浮名を流し、馬上槍試合トーナメントに颯爽と現れては活躍するという、恵まれた生活をしていましたからね。


 貴族ではあっても、政治家、経営者としては落第。


 名門の当主以外の才能には恵まれているのが、このゴスラー様という御仁。


 その唯一不適格な、当主の座に就いてしまったのが不幸ですわね。


 御自身にも、周囲にとっても。



「いっその事、陛下にでも泣き付かれますか?」



「いや~、それはちょっとな~。陛下や妹に面倒をかけるわけにはいかん。私もそれくらいの矜持は持ち合わせているぞ」



 この辺りは義理堅いと言いますか、こういう部分は憎めない点なのです。


 実のところ、ゴスラー様の妹君グローネ様は、フェルディナンド陛下の御妃様。


 つまり、目の前の貴公子は“大公陛下の義兄”という、これまた大層な立ち位置をお持ちなのでございます。


 それが借金取りに追われているとなりますと、いささかどころか、物凄く格好がつかないというわけです。


 一応、その点は気にしていらっしゃるようですが、無い袖は振れないのが現実。



「とはいえ、いい加減、支払っていただかなくては、こちらとしても困った事になるのです。それとも、領地でも差し出されますか?」



「枯れた銀鉱山でよければ!」



「お荷物ではないですか、それは」



 貰っても困る物を対価としては受け取れませんね。


 いやはや、本当に面倒な状況です。


 穏便に済ませたいのは山々ですが、手持ちに乏しいのは事実。



(というか、うちに借金ということは、他所でも何かしらの貸し借りが発生している可能性もありますからね。借金で名門の侯爵家が御取潰しと言う訳には参りません。それでは陛下の顔に泥を塗る行為ですからね)



 御身内の不始末は、陛下の失態にもなりかねません。


 あまり好ましくはありませんが、私がどうにかした方が良いのかもしれませんね。



(陛下が表立って動くと、身内びいき(・・・)とのそしりを受けかねません。私が裏で手を回し、それらの借金をどうにか返済させるのが一番)



 実のところ、返済させる手段がない事もないのです。


 我が魔術【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で、ゴスラー様の事はよく存じ上げていますから。


 幾度となくお買い上げいただきまして、すでに肌を重ねております。


 当然、普段見えない中身もしっかりと把握。


 それこそ、“まだ目覚めていない魔術の才”についても。



(もし、ゴスラー様がお持ちの魔術を覚醒させれば、あるいは返済可能かもしれない。問題なのは覚醒させるための“条件付け”が、とことんこの御仁と噛み合っていない事。この条件を満たそうと思えば、根底から性格を変える必要がありますわね)



 難しい。非常に難しい。


 一発逆転の一手はあれど、針の穴に糸を通すがごとし。


 面倒この上ない事ですが、店のツケ払いをどうにかするために、少しばかり守秘義務に抵触しかねない方法を取らざるを得ませんか。


 借金のために、陛下の名誉のために。


 金か、女か、信義を取るか?


 ならば強欲な魔女は、“全部”取らせていただきますわ♪

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