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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
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10-8 酒の席の話 (2)

「まあ、とにかくな、司教様は風紀の乱れがどうのと仰られて、風俗業に口出しされておるそうな。もっと取り締まれと。娼婦があちこちのさばるから、人々が悪い道に堕ちていくのだとな」



「なめてんのか、司教のクソ野郎は」



 酒が入ったジュリエッタがお怒りですわね。


 まあ、ネフ司教様が堅物なのは前々からですが、よもや我々の生業にまで口を挟んで来られるとは、余程にお暇なのでございましょう。



「バカじゃないの。神様に祈ってりゃ満たされる枯れた爺さんばっかの教会と、そこいらの町を一緒にされるのは困るわ。てか、世間を知らなさすぎでしょ」



 ジュリエッタも怒りをあらわにしまして、酒を更にぐいっと飲み干し、鼻息も荒く噴き出しております。



「そりゃあねえ、売春が道徳的見地から見て、糾弾されたり蔑まれたりするのは分かるわよ。実際、その自覚は持ってるし、教会の連中からすればふしだら(・・・・)でしょうよ」



「ジュリエッタ、飛ばし過ぎ、飛ばし過ぎ」



「いくらでも言いますわよ、クソ聖職者には! 何かにつけて奇麗ごと抜かす神職も多いけど、それは人間の本質の否定でしかないわ。抑制できない欲望の行き着く果てが、女の股座またぐらなのは、これまでの歴史を紐解けば分かることでしょ。いったいいつから“売春”なんて商売が続いていると思ってんのよ!? 大昔からある商売よ。傭兵が先か、娼婦が先かってくらいには!」



 酒が回って参りましたのか、ジュリエッタの口調も激しさを増しております。それほど強い方ではないのに、よい酒だからと飲ませ過ぎましたか。


 まあ、堅物聖職者のお小言なんて、聞いてもうるさいだけですし、言いたい放題言い返してやりたい気も分かりますけどね」



「第一、説教垂れてるジジイ共だって、元を正せば女の股から飛び出したってのに、何を御高説垂れてんだか。酒、博打、売春、行き過ぎは戒められて当然でしょうけど、グダグダ横から説教を言われるのは腹立たしいわね」



「まあ、ジュリエッタの気持ちも分かりますわね。教会の方の中にも、身分を隠して娼館に来られている方もいますし、あるいは私邸に囲い女のおられる方もおりますからね。甥っ子をお持ちの方がどれ程おられるやら」



 聖職者は神に仕える者として、妻帯を禁じております。出家前の子供ならいざ知らず、出家後の子作りともなると大問題となります。


 しかし、事を致してしまえば、神の思し召しにより。子を授かることもございましょう。


 そこで高位聖職者の中には、我が子を“甥”や“姪”などと呼んでおられる例が数多くございます。



「なんでも司教様は、『娼婦は男を誘惑し、悪の道へと誘う魔女だ。これを解決せねば、風紀の乱れは直らない』と娼婦を狩り立てて、矯正施設に放り込むと息巻いているそうだぞ。兄上から、その点で『やり過ぎです』と宥めすかされたようだが」



「そ、そうですわね」



 なお、そのヴェルナー伯父様がよりにもよって、“姪っ子(わたし)”と娼館でイチャコラしているのですから、司教様の方が正論だったりするのですけどね。


 なにしろ、私は魔女である事を否定しませんし、なにより“聖職者を甘言で騙して誘惑した”のは事実ですから。


 定期的に来店してくださるので、ヴェルナー伯父様は上客ではあるのですが、やはり、聖職者が姪を買いに来るのは、どこをどう取り繕っても暴挙としか思えませんものね。


 なお、当人は“神よりの託宣を待っている”という、聖勝者としては当然の行動と言わんばかりの態度なのがまた……。



「まあ、ジュリエッタが気に入らないのも当然ですわね。娼婦にして魔女である私が言うのもなんですが、はっきり言えばバカですわね。誰も彼もが伴侶と結ばれるとも限らないのに、欲望をどこに向ければよいのやら」



「でしょ!? でしょ!? でしょ!? あんな堅物の言う事に添った生活してたら、町の人口の半分は“窒息死”しますよ!」



 さらに息巻くジュリエッタ、止まりませんね~。


 まあ、そこまで言うのでしたらば、教会自身が風紀を正し、世の人々に手本とやらを見せて欲しいものですわね。


 それとも、教会が結婚斡旋所にでもなるおつもりでしょうか。


 体も性格も相性の良い男女なんぞ、そうそういるものでもございませんのに、現実が見えておりませんわね。抑圧すれば事がなると思っているのであれば、愚行もここに極まれりですわ。


 娼婦の取り締まりなど、現実が見えていない証拠。



「まあ、ヌイヴェルの意見には賛成だな。欲望を奪い去った所で、それは人としての死以外の何物でもないからな」

 


 ヴィクトール叔父様も酒で口がドンドン軽くなってきましたわね。


 仰る通り、愛と情欲は紙一重。少なくとも、私はそう考えております。


 欲がなければ、未来へと人の歩みを繋げていくことはできませんからね。情欲がなければ、実りもございませんから。



「教会の連中は分からず屋が多すぎる。怠惰に溺れることなく勤勉に労働し、贅沢に陥ることなく節制を心掛け、快楽に浸ることなく人として幸福に過ごす。これが本当にできると思っているから嘆かわしい。人はそこまで真面目になれない者の方が大多数だというのにな」



「同感同感! 支配人の言う通り! まずはキンキラキンの法衣を脱いでから喋れっての!」



 二人の熱も更に上がって参りました。人目を気にせず酒が飲めれば、弁にも熱がこもるというものでしょう。人生を斜に構えている叔父様やジュリエッタなればこそ、私も気兼ねなく話せるのでありますが。


 真面目な従弟ディカプリオや、常に一歩引いてる従者アゾットでは、こうは参りません。



「いっそのこと、物心ついたときから、手仕事でも覚えさせるのはどうかしら? ひたすら働いてたら、あるいは情欲が心の隙間に入り込むことはないかもしれませんよ」



 まあ、このやり口は奴隷のそれですから、あまりお勧めはできませんが。



「無理だな。そんなもん“職場恋愛”の巣窟にしかならんわ。子供の内はともかく、大人になればいずれそうなる。娼館を全閉鎖して、欲望のはけ口を失った男なんぞ、手近な者に手を出すに決まっておる。そちらの方がよほど風紀の乱れに繋がるだろうよ」



 叔父様のバッサリとした一言。


 仰る通り、溜まった男は何をするか分かりませんからね。程よく発散させるに限ります。そのために、娼館があって、娼婦がいて、金銭を対価に男を掃除していると言えなくもありませんから。



「男女を完全分離させなきゃ成立しないし、したらしたでどうすんのって話よ。それこそ、町中修道院にでもしないと無理だし、それが存続できるとも思わないわ。色も華もない生活に、普通の人達が耐えられるとは考えられないもの」



 修道院、なるほど、ジュリエッタの言う通り、規律正しい生活という点では修道院は手本となりましょう。


 まあ、俗世を捨ててしまう方が集う場所ですから、俗世に浸りきった我々には不可能ではありますね。


 多分、私なら発狂すると思います。なにしろ、欲望に身を浸す娼婦にして魔女ですから。

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