9-50 罰を下す暴君
皆から改めて敬意を示され、若干照れくさそうなダキア様。
ほんのり顔を赤らめ、頭を下げる屋敷の住人達を見渡し、満足そうに、幸せそうに頷かれています。
まるで憑き物が落ちたかのように、刺々しい雰囲気が抜けていく。
(そう、ダキア様は“孤独”の中にあった。復讐を旨に、ただその機会を伺いつつ、それでも心の奥底にある優しさから、世に捨てられし者を拾い上げてきた。ゆえに、一切の“対等”がない孤独)
王者とは、孤高であるより他になし。
誰しもが、その後ろ姿についていくのですから。
しかし、それは間違い。
焦がれるほどの熱意と憧れが、その背中に刺さる視線に込められている。
気高くも神に反逆する道を選び、闇夜の中に会って、人ならざる者を導く事を決めた小さな暴君こそ、掛け替えのない主人であると皆が認めている。
それは決して孤独ではない。
ただそれに気付かず、“自分が何とかしなくては”という独りよがりな部分が、ダキア様にはあった。
(私はそれをほんの少しばかり解してあげただけ。孤高に非ず、そう気付けたのでしたらば、もう私が差し出口を挟む必要はないですわね)
一切の壁は無くなった。
なにしろ、ガンケン様が風穴を開けて、少女に本当の笑みをもたらしたのですから。
父マティアス陛下が娘のために残した最後の遺産が、魔女の導きで思わぬ再会を果たしたのです。
喜ばしい事です。
抜かれた剣は鞘に戻り、一陣の風に揺れた湖面もまた、元の静寂となる。
(もう、お暇しても問題なさそうですね)
一次は危うく捕食されかけましたが、いざ蓋を開ければ何の事はございません。
いつものように口八丁にて、傷心の少女を慰め、狭められた視界を開かせたのですから、もういう事はありません。
「さあ、あなた達、余計な騒動の罰は受けてもらうから覚悟なさいね」
さあ帰ろうかと思ったところで、ダキア様からのお言葉です。
一同ビシッと背筋を伸ばし、主人より下される命を待った。
「今から全員で庭掃除! 落ち葉一枚見逃さず、掃き清めなさい! あたしの、大切な友人の帰り道、塵芥一つ立てないよう、しっかりと仕上げなさい!」
罰として掃除。
在り来たりではありますが、それもまた良いでしょう。
罰なら強制ですから、全員参加です。
要は、「お客さんがお帰りだから、皆でお見送りね」ということです。
いやはや、食料として屋敷に招かれながら、今や賓客の礼を以てお見送りとは恐縮の至りですわね。
こちらとしても、様々な情報に加え、闇夜の支配者との知己を得たのですから、万々歳の結果です。
「イローナ! ヌイヴェルの服は?」
「すでにほつれた部分の修繕は終わらせております」
「上出来。では、全員、懲罰開始ぃ!」
そして、懲罰という名のお見送り準備が始まりました。
一斉に庭へとなだれ込み、せっせと掃除を始めてしまいました。
ある意味、壮観ですわね。なにしろ、多種多様な人ならざる者が一斉に働き始めたのですから。
ほんと、ここがおとぎ話の国だと錯覚するくらいには不思議な光景です。
「さて、それはさておき、なんであんたらはここにいる!?」
そう、一斉に動き出した中にあって、なお部屋の中に留まっていたのは、ガンケン様にユラハ。
皆がわちゃわちゃ庭でお掃除をしているというのに、この二人は直立不動。
まったく動き出す気配がありません。
そして、悪びれもせずに言い放つ。
「いや~、ほら、ワシら兄妹、まだ正式に仕官を認められておりませんので、客分扱いなんです」
「まったく……、妙なところだけはしっかりしてるわね!」
「御恩と奉公合っての騎士と王様ですから」
「分かった分かった! 騎士ガンケン、魔女ユラハ、あなた達を正式にあたしの家臣とするわ。いついかなる時でも主人の影差すところに侍り、父マティアスに尽くせなかったであろう忠義を、次はこのあたしに捧げなさい!」
ダキア様より発せられた命に、二人は恭しく頭を下げてこれを“了”としました。
かつて失った主従の中を、百年の時を経て、今ようやく元に戻ったというところでありましょうか。
“剛竜公”は死せども、その血と志はなお健在。
それを感じ取ればこそ、二人は目の前のお姫様に従うのです。
主人としての器量は既に示されている。
きっと愉快な日常がやって来る事でしょうね。
「んじゃ、早速、掃除して来い。念入りに!」
「嫌です」
「早速の命令拒否か!? このバカ騎士が!」
「そうそう。ワシ、騎士なんで、主君の護衛が仕事ですから。影差すところに、とのご命令を承っておりますので」
「その命令は解除! 掃除! 掃除!」
「朝令暮改にも程がありますな。舌の根の乾かぬ内に、職務内容の変更とは」
「うるさい! さっさと行きなさい!」
「いや~、別に掃除が面倒臭いとか、ヌイヴェルの着替えを眺めていたいとか、そういうのじゃないですから」
死してなお、スケベ心は損なわれませんか。
さすが、“ちゅ~”で誅殺されかけただけの事はある“大馬鹿者”ですわね。
ここでダキア様がガンケン様の鎧を掴み、強引に投げ飛ばしてしまいました。
少女の姿からは想像も出来ぬ怪力で、重厚な鎧に身を包むガンケン様を、壁に開いた大穴から外へと追い出してしまいました。
淑女の着替えを覗こうとしたのですから、当然の報いですわね。
「んで、ユラハ、あんたは!?」
「私は近侍ですので、お客様のお着替えの補助に」
「とか言って、掃除で汚れたくないだけでしょ!?」
「はい、その通りです♪」
「この兄妹はどこまでも……!」
まあ、無礼極まる態度ではありますが、この二人はある種の“道化”でもありますので、ここは笑って流すのが王たる者の器ですわよ。
しかし、怒ってはいても、どこか楽しそうなダキア様。
感情豊かな少女、それこそが本当の姿なのでしょう。
塔での幽閉生活の中に会っても、この二人がいれば笑っていられる。
そして今、それが戻ってきました。
(結局、ありとあらゆる感情の中で、“笑う事”以上のものはないということでしょうか)
ふとカトリーナお婆様の教えが思い返されました。
「魔女にとって、悪名は身を飾る装飾品ですよ。魔女をより魔女らしく着飾らせるためのね。だからヴェル、あなたも悪名を恐れてはダメ。むしろ、乗りこなすつもりで受け入れなさい。傲岸に笑ってこその魔女なのですから」
笑いこそ最強の武器。
一笑こそが、ありとあらゆるものを凌駕する。
場の流れを変え、空気を一変させる力がある。
兄妹はそれを改めて思い出させてくれました。
ああ、その通りですわ。
笑ってこその魔女。
本当に愉快な気分ですわ♪




