9-49 王たる者の素質
色々と状況の整理が追い付かず、どうしたものかと頭を悩ませておりますと、それは突然として起こりました。
バタンッ! ズドンッ!
部屋の扉が突然開き、というよりぶち破られ、そこから何人もの召使い達が倒れ込んできました。
転がるように部屋に突入してきたのは、侍女のイローナの他数名で、しかも廊下にはこれまた人だかりができていました。
まるで、この屋敷の住人が全員揃ているのではと思うほどの数です。
「何てっやんのよ、あんた達は!? ガンケンのリスペクト!?」
「はっはっはっ! ワシって早速、ここでも人気者~♪」
「頭の悪い道化は黙ってなさい!」
完全に会話の流れがぶち壊されましたね。
まあ、話すべきところは話しましたし、私がやるべき事も見出せたので、十分な収穫にはなりました。
ここで断ち切ってしまうのも、あるいは正解なのかもしれません。
(なんと言いましょうか、ここはどうにも居心地が良すぎる。結局のところ、“気兼ねなく裏話ができる相手”というものが、私には付属していたのかもしれないわね)
相談するという点では、正直、微妙でしたからね。
基本、私が知恵者、参謀の役目を負っているので、陛下やアルベルト様から質問される事はあっても、こちらから持ち掛ける事はない。
ディカブリオは優秀ではありますが、基本的には私の指示待ち。
アゾットは医術薬学に関しては私を凌駕しておりますが、魔術に関しては完全に横へ放り投げておりますからね。
まともに神学や魔術について語れそうなのは、身近なところだとヴェルナー司祭様くらいでしょうが、あの狂信者と意思疎通を図るのは苦労の一言では済まされない労力を必要とします。
その点、目の前の三人は百年の研鑽と辛苦の先を歩む者ですので、過去の知識も魔術への造詣も深い。
話していて楽しいですし、こちらの興味を惹かれる内容も次々と飛び出す。
幽世に属する空間の方が居心地が良いなど、生きている人間としてはかなり危うい事です。
このままこちら側の住人になってしまいそうで、それは恐ろしい事ですわね。
「も、申し訳ありません、ダキア様! とんだ粗相を!」
倒れていたイローナが慌てて立ち上がり、ダキア様に向かって何度も頭を下げる。
もちろん、周りの屋敷の住人一同も、それに倣ってペコペコ頭を下げる。
まあ、会議中の主人の私室の扉を潰したのですから、極刑ものの失態です。
恐縮するのも当然ですわね。
「んで、イローナも、他の顔触れも、ここで何してんの?」
「ダキア様のお部屋から物凄い音が響いて来たものですから、何事かと駆け付けたわけですが、人払い中でしたので、入っていいものか迷っている内に屋敷内の者が次々と集まってきまして……」
「ほう……。で、集まり過ぎてぎゅうぎゅう詰めになり、扉を押し潰してしまったと。そういう事ね?」
「仰る通りでございます。無様を晒した上に、お騒がせしまして、申し訳ございませんでした」
そして再び、平身低頭。
主人の命を案じつつも、主人の出した指示はキッチリ守る。
それは良しではありますが、さすがに扉をいきなり吹っ飛ばして部屋に突入する大胆さは持ち合わせておりませんでしたか。
もし、これが襲撃でしたらば、あるいは主人の命が危うかったかもしれませんよ。
ダキア様の屋敷内での絶対性が見えてきますわね。
もちろん、主人の実力を知ればこそ、集まるだけ集まって、次の指示待ちかもしれませんが。
「まったく、ガンケンの乱入のせいで、色々と屋敷がメチャクチャよ」
「え? ワシのせい? 百年ぶりの再会ですのに、いきなり叱責?」
「その間抜け面は見たくないから、蟄居でも命じたい気分よ」
「すいません、ワシ、首無騎士なんで、間抜け面、ないです」
「誰か、このバカを、裏庭の鍛冶場の炉に放り込んどいて。鋳潰すから」
「姫様、酷くはないですか!?」
「うるさい! 元々はあんたが窓を吹っ飛ばしたのが原因でしょうが!」
「箪笥で塞ぎましたが?」
「ユラハがさらに吹っ飛ばしたでしょ! 兄妹揃って厳罰ものよ!」
ダキア様が方々に怒鳴り散らしておりますが、どうにも楽しそうです。
(あるいは、つけていた仮面が外れたのかもしれませんね)
少なくとも、私が彼女を見た第一印象は、“引きこもりのお姫様”でしたからね。
実力は破格、態度も王侯のそれであり、威厳に満ちた姿でした。
しかし、それはすべて“模倣”。
父を目指し、父を真似て、威風堂々たる貴人として振る舞っていた。
それゆえに、“引きこもり”。
自分を出さず、孤独の中に身を置いて、常に自分が信じる“正しさ”の奴隷として、仮面を被り、偽って来たといえましょう。
しかし、その仮面は剥がされた。
奥底に潜む本当の彼女を、私が会話の内から引きずり出して表に立たせ、そして、ガンケン様が完全に取り除かれてしまった。
今見ている闊達な姿こそ、本当の彼女の姿なのでしょう。
齢は百を超えていようとも、やはり見た目の年相応の少女なのかもしれません。
永遠に幼く、わがままな暴君。
気の赴くままに迷える者に手を差し伸べ、自分の城へと迎え入れる。
神すら見捨てた者すら、構わず拾い上げようとするその姿勢は、何と強欲な暴君でありましょうか。
その気高さは、やはり王としての自覚を持てばこそでしょうね。
「まあまあ、ダキア様、そのくらいにしておきましょう」
「ああ、まったく、客人の前でどいつもこいつもみっともない真似をして」
「それだけ、あなた様は“愛されている”という証ですわ」
愛されているからこそ、こうして仕事を放り出してまで、主人の身を案じて集まって来たのですから。
そこは認めてあげましょう。
もちろん、ガンケン様やユラハについても、今回ばかりは大目に見ましょうね。
「ダキア様、あなたこそ、真の王ということですわ。真の王は、皆から愛され、同時に畏怖されなくてはなりません。ダキア様はまさにそれ。愛されつつ、恐れられています。それこそ王の器なのですから」
「そんなもんかしらね。あたしは好き放題、気の赴くままにやってるだけなけど」
「愛情と恐怖を両立させてこそ、人は王という存在に惹かれるのですから。恐怖だけでは本当にただの暴君ですし、愛だけでは甘えられて秩序を維持できない。人は時として、愛する者に酷い仕打ちをしてしまうものですからね」
畏怖する者には手を出さしませんが、愛する者には時に残酷になってしまうのが、人間という生き物なのです。
畏怖されつつ、愛される状態こそ、王としては理想の状態。
目の前の少女の姿をした暴君には、それがある。
父母から受け継いだ意志の光が、常闇の古城にあっても衰えることなし。
むしろ、闇の中であるからこそ、光はより輝きを放つ。
「ダキア様、あなたこそ、本当に人を統べる資格のある王ですわ」
私は畏まって頭を下げますと、それに続いて、イローナも、さらにはガンケン様やユラハも、周りの召使い達全員が頭を下げました。
私は軽く王たる者への敬愛を示したつもりでしたが、他の面々は別。
主人に対して、改めての忠節を示しているようです。
ダキア様、あなたは一人ではない。
本当に誰からも愛されている暴君なのですよ。




