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9ー40 姫と騎士 (5)

 国ではなく、土地でもなく、人に仕えたというガンケン様。


 当時であっても、今であっても、これはかなり珍しい事。



(そもそも、貴族と言うものは“土地”に縛られる。なにしろ、家督、財産の最たるものが領地ですからね。先祖代々の土地を受け継ぎ、発展させていくという考えが、貴族の中においては当たり前なのですから)



 まあ、貴族と言ってもまともな領地のない騎士キャバリエですから、せいぜい自分の屋敷程度。


 給金は仕える大貴族から受け取るものですが、だからこその異端。


 大公位を奪われ、給金を得られなくなってもなお、マティアス陛下に付き従っていたのですから、その点だけでも余程の思い入れがあったのでしょう。



「ちなみに、ガンケン様、マティアス陛下への篤い忠義、その根の部分は?」



「ん~。陛下には恩義があってな。助けられたのだ。その恩返しだな」



「どのような?」



「陛下の近親のお姫様に無理やり“ちゅ~”して、それがバレそうになったのをどうにか誤魔化してもらえた。いや~、人前で大きな赤っ恥をかかずに済んだぞ」



 感動を返してください、ガンケン様。


 理由があまりにもバカバカしすぎて、呆れてものも言えませんわ。


 ダキア様に至っては、完全に顔が引きつっておりますわね。


 このバカ、なんとかならんのか、と。



「なんかの宴の席であったかな。飲めや歌えやの無礼講で、大いに盛り上がっていた。その際、不意に強めの夜風が吹き抜けて、燭台の灯りを吹き消してしまった」



「で、酔った勢いと夜陰に乗じて、陛下の縁者に“ちゅ~”したと」



「そうそう。んで、そのお姫様とやらがなかなかに機転の利く娘でな。ワシに“ちゅ~”された瞬間、咄嗟に側にあった串をワシのベルトに滑り込ませたのだ。そして、上座にいたマティアス陛下に訴え出た。『私の唇を奪った愚か者がおります。ベルトにその証を残しておきました』とな」



 ノリと勢いが良いのは相変わらずで、恥じ入る様子もなくしたりないけどをしている様は滑稽ですわね。


 一切、悪びれもしないところは、本当に図太く、大したものですが。



「ところが、陛下はその訴えを退けた。『今宵は無礼講だ。多少の“おいた”は笑って流すとしよう。皆の者、ベルトを外せ』と言って、証拠を消してしまった」



「その話では、娘が不憫でなりませんね」



「だが、おかげで悪戯をやらかしたのがワシであると、周囲にはバレずに済んだ。あと、灯りが再びともされた後、ベルトを外して歩き、ずり落ちたズボンのすそを引っ掻けて盛大に転んでみせたぞ。もちろん、周囲は大爆笑だ。陛下も含めてな」



 その場面で率先して笑いを取りに行くのも、ガンケン様らしいお話ですわね。


 ベルトがなければズボンは落ちる、至極当然ですが、見事な演技でそれを笑いに変え、宴席の華となる。


 まあ、バカと言えばバカで片付けられる案件ですが。



「そして、ワシは上申した。『陛下! これではまともに歩けませぬ! ベルトを再装着する御許可を!』とな。陛下はゲラゲラ笑いながら、皆にベルトを付け直すように指示を出された」



「まあ、マティアス陛下にはもうその時点で誰が犯人なのか、察しがついていたでしょうね」



「おそらくな。だが、陛下が無礼講を理由に正体を暴く事を禁じたのだ。誰も何も言って来なかったさ」



「なるほど。公衆の面前で赤っ恥かかずに済んだからこそ、陛下に恩義を感じたと」



「人は結局、人に仕えるものだ。土地に縛られるでも、信仰に生きるのでもなく、自分の好いた人物のために戦うというのが、ワシの考えだ。そうは思わんか?」



 両腕を組み、ドヤッている姿のガンケン様は、その件を誇らしく思っているようですわね。


 臆面もなく堂々としているのが、その証と言う訳です。


 なお、その騎士がお仕えすべきお姫様は、「どうにかならんのか、このバカは」と、顔に書いておりますが。



「……あ、そう言えば、“ちゅ~”と言えば、アルベルト様の“元妻”のユラハは?」



「お~、あいつか。ワシは以前渡しておいた指輪を媒体にしてすっ飛んできたが、あやつは自力移動だからな。箒に跨って、全力でこちらに」



 そう言ったところで、再び壁が大爆発。


 箪笥で塞いだ穴に何かが突っ込んできて、作り立ての箪笥が木っ端微塵。


 再び夜風が豪快に差し込む大穴が開いてしまいました。


 そして、粉塵舞うその場所には、おとぎ話に出てきそうな魔女の出で立ちをする一人の女性が立つ。


 ブカブカの黒い長衣ローブに尖った三角帽子、そして、手には箒。


 流れ落ちる長い髪もまた、闇夜がそのまま溶け込んだかのような黒。


 服の上からでも分かる豊満なる胸部も相変わらず。


 これがかつて、しわくちゃの“おばあちゃん”だとは思えないほどですわ。



「遅くなりました、お兄様! して、敵はどこに!?」



 早とちりなのは、やはり兄妹である事を彷彿とさせますわね。


 なお、再び自室に大穴を開けられたので、ダキア様は青筋を立てておられます。


 いやはや、どうしようもない兄妹ですわね。


 しかし、自然と笑いの感情が湧き出てくるのはなぜでしょうか?


 それは悪意のなさではないかと。


 この二人、行動が突飛ではありますが、決して悪意を持たない。


 “ガンド”に縛られながら、それでもなお自由闊達に動き回る。


 この底なしの明るさこそ、あるいは最高の武器なのかもしれませんね。

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