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9-39 姫と騎士 (4)

 “道化の騎士キャバリエ・パリアッチョ


 目の前にいる首無騎士デュラハンガンケン様は生前、そのような二つ名で呼ばれていたそうです。


 時に饒舌に、時に奇行とも思える行動で、人々を笑わせていたのは、“集呪ガンドゥル”になった今でもそれは変わりません。



(会うのはこれで二回目ですが、前回の時もそう。軽妙な語り口で場を和ませ、笑いを取りに来る。それでいて筋は通すし、意外なほどに学識も深い)



 マティアス陛下がずっと側に置いていたのも納得の力量です。


 少なくとも、この騎士の姿をした道化師が近くにいれば、笑いをもたらし、場を賑やかにさせてくれる事でしょう。



「こいつはね、人を小馬鹿にするけど、悪意がないのよね。恥や醜聞さえ、笑いに変えてしまうのだから」



「興味深いですわね。マティアス陛下から伺っているのですか?」



「いくつかはね」



 ダキア様は不敵な笑みを浮かべながら、まだ吹き飛ばされた倒れたままのガンケン様を見つめています。


 懐かしい昔の光景でも思い浮かべているのでしょうか。



「父もガンケンの事は褒めていたわ。『どうしようもないバカな男だが、誰よりも義理堅く、数々の愚行奇行も笑いに変えてしまう憎めない男だ』とね」



「バカだという点は、マティアス陛下の太鼓判ですか」



 まあ、あの軽すぎるノリは前々からの事なのでしょうね。


 あの態度で大公相手にも接していたのであれば、それはそれで凄い。


 それこそ、道化師パリアッチョとしての役目ですわね。



(道化師の役目は笑いを取り、場を和ませる事。同時に皮肉や冗談を交えて風刺し、主君に無礼な態度をとる事すら認められた存在でもある。マティアス陛下はガンケン様にそれをやらせていたのかもしれませんね)



 権力者に対して平然と風刺し、それをもって客観的視点を得ていたとも言われます。


 マティアス陛下もまた、それに倣い、軽口を叩き、奇行や冗談で笑いを取るガンケン様を侍らせていたのかもしれません。



「父がガトゥコラ大公ヤノーシュを宴に招いた際、給仕の手違いで、ヤノーシュの膳に魚を持って行った事があるの。ヤノーシュは魚が嫌いで、絶対に手を付けなかったわ」



「来賓、それも大公の配膳を間違うなど、極刑ものですわね」



「そこで動いたのがガンケン。配膳された魚料理を皿ごと取り上げ、代わりに肉料理が盛られた皿を出し、ニヤリと笑って一言。『いや~、さすが武勇名高きヤノーシュ様! 戦場では猛る獣のごとき武を示されたとか! なるほどなるほど、獣は魚を食べませんものな。こりゃ失礼!』と茶化したそうよ」



「それも極刑ものですわね」



「実際、ヤノーシュは顔を真っ赤にして、激発寸前までいったのだけど、相手は道化であると怒るに怒れず、そのまま流したんだって」



 まあ、道化師であるならば、無礼な態度をされようとも笑って流すのが、器量と言うものですからね。


 結果だけを見れば、ヤノーシュは嫌いな魚を食べずに済み、配膳を間違えた給仕も処罰されず、その場は収まっとも言えます。


 他国の大公であろうとも、自身の立ち位置を変えずに果敢に動き、給仕の危機的状況を笑って流せる状況に変えてしまった手腕は見事としか言えません。


 機転の速さと胆力合ってのものですわね。



「あとは、父とコルヴィッツが領内の巡察に出かけた時とか。特に問題もなく旅路が続くもんだから、『平和過ぎて欠伸が出ますな』と言ったコルヴィッツに対して、これまたガンケンが一言。『不意を打たれて襲われぬよう気を引き締めておく事ですな』と諫言するも、コルヴィッツは鼻で笑ったわ」



「その後の展開も読めますわね。先回りして、待ち伏せでしょうか?」



「おおよそ正解。次の巡察先の村に、妹のユラハが先回りして、村人一人を怪物に変装させたそうよ。そして、いきなり物陰から飛び出させて、気の抜けていたコルヴィッツを襲ったわ」



「ユラハさんまで駆り出しますか、この御仁は」



「その怪物の変装や演出が思いの外に出来が良くって、コルヴィッツだけじゃなくて、周囲のお供も腰を抜かしたそうよ。んで、それに対して笑いながら『平和などと言うものは“油断”一つで潰えるものですぞ。臆病者よりの助言でございます』って」



「兄妹揃って何をやっているのやら」



「でもまあ、父も弟の無様な姿を見ても笑いもせず、逆にガンケンを窘めたのだから、コルヴィッツも何も言い返せなかったそうよ」



 やはり、話を聞く限り、マティアス陛下もガンケン様を道化師のごとく扱っているようですわね。


 道化師はおどけるのが仕事のようなものですし、その言動には笑いを忍ばせ、批評皮肉を交えるものです。


 どこまでもギリギリを責められますね。



「いや~、懐かしいお話ですな。他にも色々とやらかした話はあるのですが、それを話していると幾年かかるやら」



「ガンケン、あなたさぁ……、話し尽くすのに幾年かかるなんて、どんだけやらかしていたのよ!?」



「後でいくらでもたっぷり聞かせましょう、姫」



「いらないわよ。頭狂いそうだわ」



「わっはっは! 遠慮する事はないですぞ! どうせ時間に縛られぬ身の上になったからには、いくらでもお相手仕りましょう!」



「なんで父はこいつを放り出さなかったのよ。本気でバカじゃない」



 得意げなガンケン様に対し、呆れ果てるダキア様。


 気持ちも分からなくもないですが、どうにも憎めない方ですわね。



「時にガンケン様、一つよろしいでしょうか?」



「なんだ、白い手の魔女よ?」



「あなた様はマティアス陛下に忠義を尽くされているようですが、なぜそこまで尽くされるのですか? 例の動乱で陛下が塔へと幽閉され、すべて失ったというのに、それでもなお“雲上人セレスティアーレ”に睨まれるのを恐れて皆が離れたのに、ガンケン様はそのままマティアス陛下に仕えました」



「あ~、そりゃ忠義を尽くす立場の問題だろう。他の連中は領地や家族の事もあるから、大公位を剥奪された陛下に仕えても仕方ないし、弟君コルヴィッツに仕えねばならなかったからな。だが、私は“ラキアート大公”ではなく、“マティアス”という一個人に忠誠を誓っていたのだ。だから、幽閉された塔にも帯同しただけだ」



「つまり、“国”ではなく、“人”に仕えていたと?」



「それに、家族もユラハ一人だけで、身軽であったしな。当のユラハも王妃様の近侍であったから、付いていくのも端から賛成だったというのもある」



 随分とサッパリした答えに、私はいたく感心しました。


 忠義の示し方や形は様々なれど、目の前の騎士のなれ果ては、天に唾する事になろうとも、主君に付き従うのを至上としたのです。


 まさに騎士の鑑ともいうべきですわね。

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