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9-38 姫と騎士 (3)

 吸血鬼ヴァンピーロのお姫様の“膝カックン”を受け、盛大に床に転げる首無騎士デュラハン


 伝説にも出てくる怪物二名による、“ボケとツッコミ”。


 見世物としては、なかなかに面白いですわね。



「ああ、もう! このバカ! 私は『直せ』って言ったのよ!? 誰が、『箪笥で隠せ』って言ったのよ!?」



「あ~、すいません、姫。木工は得意なのですが、石工や漆喰は専門外でして」



「せめて、もう少しちゃんと塞ぎなさいよ! 隙間風が入り込んでくるわよ!」



 実際、穴は空いたままですし、いくら見た目が箪笥で塞がれたと言っても、風の通り道を完全に塞いではいませんからね。


 微妙に風が入り込んでいるのは、肌で感じておりますとも。



「まあまあ、ダキア様、さすがに石壁や窓を即席で直せと言うのも無茶ですし、今はこれでヨシと致しましょう」



「まったく……、このバカ騎士は全然変わってないわね。バカにつける薬なし、バカは死んでも治らないって言葉、どうやら本当のようね!」



「古より伝わる格言ですからね。先人の思いが込められた」



 まあ、確かに窓や壁をぶち破って登場した挙げ句、その穴を箪笥で塞いでドヤッていたら蹴りの一つも入れたくなりますわね。


 見ている分には面白かったですが。



「時にダキア様、やはりこの首無騎士デュラハンガンケン様は、かつて塔で幽閉されていた時、唯一出入りを許された従者、騎士でお間違いないですか?」



「間違う訳ないでしょ! こんなバカ騎士、世界で一人しかいないわよ! 顔がないだけ、清々するわ」



「ひどいですな~、姫。私も笑いを取ろうと必死ですのに」



「真面目な場面にまで、笑いを差し込むな! 時間と場所を弁えなさい、頭空っぽのバカ騎士!」



 などと悪態付きつつも、ダキア様の雰囲気が良くなってきましたわね。


 私は“怒”でダキア様の素を引き出し、“哀”で感情を吐き出させ、心の奥底にある本音を引き出しました。


 しかし、ガンケン様は明るい雰囲気でお嬢様を“楽”しませた。


 そして、なんとなしに“喜”ばせている。



(してやられた、なんとなく負けた気分にさせられましたわ)



 感情を表に引き出すのには、喜怒哀楽を揺さぶるのが一番とされています。


 実際、私はそれを用いて、ダキア様の本音を吐き出させました。


 ただ、辛い記憶を同時に呼び起させ、涙を流させてしまったのは、いささか効き過ぎたのかもしれません。


 しかし、ガンケンは傷心の、そして、孤独なるお姫様を“笑わせ”に来た。



「可愛らしいお姫様には、笑顔が一番だろ?」



 そう無言で突き付けられたような気がしてなりません。


 しつこく蹴りをガンケン様に入れるダキア様は、どことなく“楽”しそう。


 いやはや、心の掌握で後れを取るとは、やはりこの御仁は侮れない。



「ガンケンは父に仕えていた時から、いっつもこんな感じだったけど、“集呪ガンドゥル”になっても全然変わってないのは流石だわ。本来、“ガンド”を取り込み、魂を汚されたら、負の感情で自我を失い、七つの大罪に支配されるというのに」



暴食グーラ色欲ルクスーリア強欲アバリツィア憤怒イーラ怠惰ピグリチィア嫉妬インヴィディア傲慢スパービア、ですわね。神の教えに耳を塞ぎ、特に罪深い七つの行い」



「あたしそうなるのだとすれば、さしずめ憤怒イーラかしらね。復讐を考えている身の上だし」



「では、私は色欲ルクスーリア、もしくは強欲アバリツィアでしょうか」



「ならば、ワシは節制テンペランティア純潔プディチティア寛容トレランティア忍耐ペイシェンティア勤勉ディリジェンティア感謝グラーティアス謙虚ウミリタスですな」



「それは“七つの美徳”でしょ! しかも全部か! おこがましい!」



 ここで再びダキア様の蹴りが炸裂。


 ものの見事な回し蹴りで、ガンケン様の脇腹に命中。


 豪快な音を立てながら、床に転がりました。



(しかし、どういう事か、なんとも愉快な気分になる。ガンケン様、あなたという御人は……)



 間違いなく笑わせに来ていますが、それと悟らせつつも流れに乗せられている不快感もなく、自然に乗っかる感じでしょうか。


 だからこそ、湧き起こる感情は“愉快”。


 先程までのしんみりした雰囲気は消し飛び、百年ぶりの再会という感動的な場面を、あっさりと笑いの場へと変えてしまいました。


 しかも、ただのバカではなく、知識や教養の深い笑いでもあります。


 計算されつつも、それでいて不自然さを感じさせない。


 わざとらしさを匂わせつつも、気が付けば流れに乗せられ、笑わされる。


 これは即興でできる芸当でなく、長年によって培われた経験あってのもの。


 やはり、このガンケン様は想像以上に“深い”。



「まったく、このバカ騎士は……。ねえ、ヌイヴェル、こいつの二つ名、父や周囲の同僚から何て呼ばれてたか知ってる?」



「寡聞して、存じ上げません」



「こいつはね、“道化の騎士キャバリエ・パリアッチョ”って呼ばれてたの」



「騎士が道化師の真似事をしていたのか、はたまた道化師が騎士に転職したのか、気になるところではありますわね」



「本人に聞いてみたら? どうせ妙な事を口走るでしょうけど」



 騎士である事は間違いなさそうですが、つかみどころのない人物である事もまた確かでしょうね。


 私自身、自分の話術を以て場の雰囲気を操作することもありますが、それと同種の匂いを感じます。


 ただし、私はどちらかというと“落とす”方に話術を用いますが、ガンケン様は場の雰囲気を和ませ、笑いを取る。


 すなわち、“上げる”方に特化しているようです。


 それはダキア様の顔を見れば一目瞭然。


 悪態付いてはいるものの、なにやら楽しんでいる様子が伺い知れますので。


 いやはや、やはり可愛らしいお姫様には笑顔が似合います。


 これをその“バカ騎士様”は、誰よりもご存じのようですわね。

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