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9-29 母と娘 (4)

 そう、ダキア様の本質は“愛”です。


 見た目は可愛らしい少女ですが、吸血鬼ヴァンピーロでもあります。


 人々に襲い掛かり、その血肉を食らう怪物。


 しかし、その奥底には、誰よりも優れた“愛情”に溢れている。


 それを私は見出しました。


 もっとも、当人にとってそれは、鼻で笑う話であったようですが。



「バカじゃないの、あなた。愛情? 優しさ? 誰に向かって言っているのかしら?私は人食いの化物よ! 何人もの人を手にかけ、その血肉を食らってきたわ。伝説や御伽話で語られる人食いの化物! 愛だの、優しさだの、反吐が出るわ!」



 実際、不機嫌さを余すことなく体で表現して負います。


 不快なものを口に放り込まれたように雑言を吐き出し、視線を逸らし、指をコツコツと肘置きを突く。


 しかし、それは私からすれば想定通りの行動。


 子供が、図星を刺され、感情を持て余している、そのものなのですから。



「そういう“偽悪的行為”はおやめください。あなた様の本質を見抜いてしまった後では、程度の低い道化師ピエロにしか見えません」



「言ってくれるわね、人間の魔女よ。どうにも先程から、喧嘩を売られているようにしか聞こえないわね」



「喜怒哀楽の内、“怒”こそが、ダキア様にとっての素が出やすいと判断したまでです。実際、私からすれば、手に取るように分かりますわ」



「ほ~う。じゃあ、聞かせてもらいましょうか! 人食いの化物、その本質が“愛”である理由を!」



「無論、それは母君についての事です」



「……結局、またそこに戻るの? 何度も言ったけど、母は私を避けていた。自分の産んだ子供が怪物になっちゃったんだし、そりゃ当然でしょうよ。挙げ句の果てに、最初で最後に娘を抱き締めたその直後に、一緒に塔から飛び降りた。あたしを殺したのは他でもない、母なんだから!」



 発せられる怒声が、部屋中の調度品を揺らし、その威力は私にも伝わってきます。


 感情の高ぶりがそうさせるのでしょうけど、やはり確信の補完となる情報が出てきました。



(母親が、娘を抱いて投身自殺……。それは究極の禁忌! 自殺とは、自身に対しての殺人であり、しかも娘を道連れにしたとなると、それは“母の子殺し”という最悪のもの! 問答無用で地獄行きでしょうね)



 哀れというより他にありません。


 大公の妃が自棄を起こし、発狂して塔から飛び降りた、とでも当時の人々は考えたのでしょう。


 特に、大公一家の夫婦親子を塔へと幽閉した“雲上人セレスティアーレ”は。


 当時の法王の記録にも、共同墓地に埋葬した、と伺っていますので、貴人の葬儀としては最悪の部類です。


 誰に看取られる事無く、名もなき一己の死体として土塊へと返されたのですから。



(貴人と言えども、“禁忌”を犯したのであれば、罪人のごとく遺体を処理する。教会側としても、当然の対処なのでしょう。……ですが、それは読み間違え! その究極の禁忌こそ、“愛情の結晶”なのですから!)



 誰しもが勘違いしている。


 娘と無理心中、表面的な情報を見ればその通りです。


 しかし、その奥底に潜む真意こそ、母親としての思いが詰まった究極の愛なのですから。



「母親として、不憫でならなかったのでしょう。愛されて産まれてくるはずの娘が、人々が投げかけた呪詛によって“ガンド”が集約される特異点となり、“集呪ガンドゥル”へと変じたのですから」



「そうよ! あたしは呪いと蔑みと恐れを一身に受けた、世界の歪み、悪魔の堕とし児、“集呪ガンドゥル”なんだから!」



「それは違います! なぜなら、あなたは“悪魔公(ヴァーゴドラーク)”ではなく、“剛竜公バートリードラクール”を受け継ぎし者なのですから」



 誇り高くも世界を変えようと戦い抜いた猛き竜こそ、マティアス陛下、そして、ダキア様の正しき姿。


 それは悪魔ドラークに非ず。


 誇り高きドラクールこそ、本当の姿。


 支配者の思惑と広められた偽書によって、本質が歪んで見えているだけに過ぎません。


 ならば、その濃い霧を晴らしてやれば良いのです。


 立ち込める霧を晴らすのは、いつだって太陽かみさまなのですから。



「ダキア様の父マティアス陛下は、強い意志によって人々を導きました。しかし、人間と言うものは弱き者。誰も彼もかの御仁のように強くあれるわけではありません」



「ヤノーシュやコルヴィッツが裏切ったのも、その“弱さ”のせいでしょ!? 父を側近くで見ていながら、一番情けない醜態を晒したじゃない! まして、母は更に近くにいた! にも拘らず、弱さゆえに身を投げ、あたしまで殺した!」



「いえ、違います。本当に弱いのであれば、“行動”に移す事すらできません。裏切るという事は、“裏切る覚悟”があったという事であり、自殺を志したという事は、“死を自ら受け入れる覚悟”があったのですから」



「覚悟!? 言うに事欠いて、“覚悟”ですって!? 逃げを選んでおいて、覚悟なんて言えたわね!」



「ダキア様、覚悟とは、暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事にあります。無明無常の世界に光を差し入れ、進むべき道を求める行為なのですから」



 本当に弱いのであれば、行動も思考もなく、ただ惰性のみで生きる。


 そんな人間がいかに多い事でしょうか。


 しかし、マティアス陛下はそれに異を唱え、“雲上人セレスティアーレ”がもたらす家畜としての安寧を拒絶された。



(誰かの言われるがままに動くのではなく、自らの足で立ち、進みたい方向へと指を向ける。それこそが“自由リベルタ”への第一歩。戸惑う者が多い中にあって、マティアス陛下は確実に、着実にその一歩を進まれた!)



 惜しむらくは、マティアス陛下ほど足場がしっかりとしている者ばかりでもなかったという事でしょうか。


 挑む勇気よりも、守るべきものを優先させたヤノーシュとコルヴィッツ、二人も裏切る覚悟を以て、マティアス陛下を裏切ったのですから。



「何度でも申し上げます。人にはそれぞれ、優先事項と言うものがあります。マティアス陛下は何はさておき世界の改変を望まれたように、裏切った二人もまた領地領民を守るという、“領主としての責務”を優先させたのです」



「父を裏切っておいて、覚悟だの、優先順位だのと!」



「見えざる億万の人類よりも、目に見える数十万をこそ優先させたのです。矮小、臆病と思えるかもしれませんが、それはダキア様が“猛き竜の視点”を持っているからこそであって、“普通の人間の視点”には捉える事の出来ないのですから」



 そう、誰しもが強くあれるわけではありません。


 まして、世界に挑みかかるなど、当時の感性で言えば“神への反逆”に等しい。


 世界は神が造り、神の去った後はその恩寵が最も熱き“雲上人セレスティアーレ”が人々を教導してきた。


 そのように幼い頃から何度も聞かされて育ってきたわけですからね。


 その世界の有様を破壊するのは、神への反意と見る事も出来ます。


 これを完遂するには、並大抵の勇気と見識では不可能。



「ダキア様、私も並の人間よりかは、勇気と見識を持ち合わせていると自負しております。しかし、それでもなお、マティアス陛下が指し示す道を進むには不足。どうにも怖気付いてしまうのです」



「人間なんて、そんなもんよ! だからあたしはここに、“人ならざる者の住処”を作った! 世界に捨てられし者の安住の地を作った」



「それです! それこそがあなた様の強さなのですから! 世界に向けて反逆する強さを父から受け継ぎ、全てを包み込む優しさを母から受け継いだ。それこそが、ダキア様の本質」



「父はともかく、母は逃げたのよ!? 自分も、そして、娘も殺して!」



「それこそが勘違いです! 御母君は覚悟を以て、愛ゆえに娘と死ぬる事を決めたのですから!」



「部外者が、知った風な口を……!」



「それでもなお、断言できます。母として、娘への愛情が厚いからこそ、共に果てる事を選んだと!」



 そう、自死は自死でも、逃げるに非ず。


 戦う覚悟を持っていたからこそ、塔より身を投げた。


 ダキア様の母もまた、戦う覚悟を決めた気高き方なのですから。

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