9-25 正義の行方
「父は正義を成さんとしたのよ!? 世界の有様を曝け出し、横暴なる態度で大義なき統治を行う愚者共を正さんとしたのよ!? それが……!」
“ラキアートの動乱”に対しての私の見解を聞き、憤りが収まらぬダキア様。
こちらを睨み付け、同時にやり場のない怒りを滾らせ、椅子や机を蹴るわ殴るわの大騒ぎ。
(まあ、現世を離れ、幽世に籠っていては、得られる情報も限られているでしょうしね。無理もありませんか)
ここの屋敷に住む住人も、異形の者ばかりで、現世で情報収集など出来ようはずもありません。
狭き塔の中の世界から、閉じた幽世の屋敷へ。
私がもたらした情報や考察は、新鮮であり、同時に不快でもあることでしょう。
しかし、向ける怒りの先はなし。
なにしろ、百年の歳月が動乱の当事者全員をあの世へ送り出したのですから。
「やっぱりそんなのおかしい! 間違ってるわ! 父は国のために、世界のために戦い、尽くしたのでしょう!? それなのに、怪物だなんだと……!」
「それがヤノーシュ、コルヴィッツ両名には必要だったからでしょう。現に、お二人の領地は魔女狩りが荒れ狂う暗黒時代に合って、比較的に平穏を保てたのですから」
「父を生贄にしてね!」
「お気持ちは分かりますが、何度も申し上げたように、“視点”の問題なのです。お二人は世界を正す正義の戦争よりも、領地領民、そして、家門を後世に残す事を選択されたのです」
「それは父を裏切ってでもやる事なの!?」
「少なくとも、二人はそう決断、判断なさったのは間違いありますまい。現に、領地領民は安堵され、暗黒時代も潜り抜けることができました。他所が魔女狩りに狂奔する中にあっても」
「結局、自分可愛さに裏切っただけじゃない!」
「ダキア様は納得しかねるでしょうが、それが“現実”なのです。魔女狩りがなかったからこそ住民は安堵し、領地が疲弊するのを回避できたのですから。……ああ、ついでに申しておきますと、お二人は名君の代名詞的な存在になっておりますわよ」
「さっき言ってた、身分を隠しての領内巡りの話……」
「はい。悩める民衆をその知略で救い、領民から広く慕われ、皆に惜しまれながら天に召されました。ゆえに、あの二人は“英雄”であり、“名君”なのです」
本来であれば、その地位はマティアス陛下が占められるべきであったのかもしれません。
かの御仁が志した改革が成されれば、そうなっていたでしょう。
しかし、裏切り者の二人はより狭い範囲、より確実な方法を選ばれた。
自身の領地領民だけを安堵させる、“視点”を変えれば利己的な判断によって。
(それが二人にとっての正義。利己的であったとしてもね。正義の行方なんて、そんなの人それぞれだもの)
私にも自身の思考があり、それを成すための行いは正義であると考えています。
それが誰かにとっての不利益になるとしても、自分にとっての信条や利益は、自分にとってはどこまで行っても正義なのですから。
「ダキア様、納得しかねるという態度ですわね」
「当たり前でしょ! 世間がどう思おうが、あの二人が父を裏切り、地位と名声、命まで奪ったのは間違いないんだから!」
「仰る通り。しかし、それが今や世間の常識。悪魔公を倒した英雄二人。残念な事に、剛竜公の名を知る者は、本当に少なくなってしまいましたわ」
「あなたは良く知っていたわね」
「まだまだではありますが、そこまで無知ではありませんので」
私がこの見識を得る事が出来ましたのも、カトリーナお婆様の力が大きいですからね。
各所より集めた蔵書の数々、築き上げた人脈、その全てがです。
魔女は知識の守護者であり、同時に探究者でもあります。
常に世界に疑問を呈し、目の前の現実すら疑い、真実を追求する。
それは欺瞞で世界を覆い、支配している“雲上人”からすれば、目障りなのかもしれませんね。
(とはいえ、“天の嫁取り”の件もありますから、完全に消し去ろうと言う訳でもありませんし、泳がされていると言った方が近いでしょうか)
私の母がそうだったように、利用価値のある女性、あるいは魔女は“雲上人”への嫁入りを強要されますからね。
私自身、法王聖下に目を付けられていますし、“その時”が来るまでに抱えている謎を解いておきたいものです。
「……さて、ダキア様、前置きはここらにして、“本題”に入りましょうか」
「前置き? 本題?」
「はい。先程から無礼で無神経な応答をしてしまいましたが、それは全て確認のための前置きなのです。私はあなたの本質を知りたい。そう思えばこその無礼です」
「……なるほど。素の感情を確認するために、敢えて怒らせたと?」
「喜怒哀楽、これには素が出ます。そして、ダキア様の生い立ちや立ち位置を考えますと、“怒”こそが一番、素が出ると考えた結果です」
はっきりと言って、ダキア様はまだ“子供”なのです。
百年の歳月を生きていると言っても、その精神は“曲がっていない”。
良く言えば“純真”、悪く言えば“単純”。
父マティアスを手本として、この屋敷の主人として振る舞っている。
事実、趣味は良いですし、振る舞いも貴族のそれ。
そうした主人の立ち振る舞いに応えるべく異形の召使い達も、主君への忠勤に励んでいます。
しかし、それでも表面的な情報であり、奥底に潜む深層心理にまでは届かない。
(あるいは、肌に触れて、我が魔術【淫らなる女王の眼差し】で心の内を覗き込めば良いのでしょうが、さすがにそれはいくら何でも無礼に過ぎます。目上の方に接触するわけにもいきませんしね)
そう考えればこそ、素の感情を曝け出させました。
結果は良好。
ダキア様の本質が徐々にではありますが、見えてきました。
あと一息。
おそらくは、私が考えている質問をぶつけると分かる。理解できる。
「それではダキア様、本題に入りたいと思いますが、質問を一つ、よろしいでしょうか?」
「いいわ、聞きましょう。でも、今のあたしは享楽よりも憤怒が優勢。下手な質問は、あなたを調理場にご招待する事になるわよ」
「それはダキア様の前に参じた時から、覚悟はしておりますので、御心配には及びませんわ」
と言いつつ、内心では心臓の鼓動が早くなっています。
同じく伝説級の怪物とはいえ、首無騎士ガンケンの前にいた時には感じた事のない“圧”を感じますね。
食欲という、原始的な欲求に晒されているためかもしれません。
(吸血鬼は人の血肉を食らう怪物。夜の支配者にして、月光の下を闊歩する闇の暴君。おとぎ話や伝説に語られる存在そのものが、今、私の目の前にいる)
十字架、大蒜、聖水、あるいは日光、吸血鬼が苦手とするものはいくつもありますが、生憎とどれも手元にない。
一番用意しやすい日光も、これから夜に入るという時間では望み薄。
ならば、魔女の三枚舌と、頭に収納された知識で戦うより他になし。
そして、そのための道はすでに頭の中にある。
次の質問を投げかけたら、もう後戻りはできない。
(無事に次の朝日を拝めるかどうかは、ここからの会話にかかっているわ。私は絶対に生き残って、“家族”の下へと帰りますよ)
なにしろ、待っている者が多いですからね。
妹分のジュリエッタ、押しかけ弟子となったリミア、それに従弟のディカブリオもそうですね。
その妻であるラケスもそろそろ出産ですし、赤ん坊の顔を早く拝みたいものです。
そこはアゾットもおりますし、出産も滞りなく行えるでしょうね。
家族の範疇からは外れますが、フェルディナンド陛下にアルベルト様、私が突如として狩場から消えましたから、心配してくださっているかもしれませんね。
だからこそ、戻るのですよ、この屋敷から。
この幽世からね。
そして、私は深呼吸をして、本題へと入る。
ダキア様の真相に迫るための質問をぶつけました。
「ダキア様、お母君の事は覚えてらっしゃいますか?」




