9-19 閉じた世界
クスリと笑い、白無垢の少女の姿をした暴君が私を見つめてきます。
私と同じく白化個体で、肌は白く、目は赤い。
髪は銀色に輝き、今は無造作に下ろされています。
尖った耳と鋭い牙が、人ならざる者である事を見せ付けてくる。
和やかな食事でしたが、今は緊張した空気に包まれています。
(さて、百年前の“ラキアートの動乱”、当事者からどう切り出して来るかしら?)
興味に尽きませんが、全てを知ることもまた不可能。
そもそもの話として、伝え聞く話が事実であった場合、目の前の“大公女”ダキア様が生まれたのは、塔での幽閉生活中ということになります。
なにしろ、母親が身籠った状態で塔に連行され、そこで数年過ごしたとつたわっているのですから。
(しかし、聞く価値はある。というより、確信に変わる。人が化物に、“集呪”に変質するという仮説、その証明になる)
教会の教えでは、澱んだ魔力“呪”が寄り集まった存在を“集呪”と呼び、世界に災厄をもたらすとされています。
これによって世界は大混乱に陥り、それへの対処のために力を使い果たした神は肉体を失って、地上を去らねばならなかった。
以降、神は地上の再建と統治を神より力を引き継いだ“雲上人”に委ね、同時に信心篤き人類“熱き心の百人組”を配した。
それが現在の貴族の血筋だと言われています。
教会を“雲上人”が運営して教化し、各地の貴族が庶民を監督するという、“教会を介した教導と間接統治”が、我々の世界の大いなる枠組み。
それに異を唱えたのが、かつてのラキアート大公マティアス陛下。
今、目の前にいるダキア様の父君になります。
さて、どんな話が聞けるのかと身構えていますと、少女は二度三度呼吸をして、そして、口を開いた。
「あなた、あたしの父マティアスをどういう人物だと思っている?」
開口一番に飛び出したのは父親に関する事。
この質問が最初に飛び出した事で、私は即座に気付きました。
(なるほど。この子にとって、世界とは“幽閉されていた塔の内側”がすべて。その他の事象は、それの補完に過ぎないという事ね)
徹底的に汚された自分の家族。
地位も、名誉も、そして、命さえも理不尽に奪われてしまった過去があります。
それも“支配権の揺らぎ”という、幼子にとっては関係ない話によって。
(まあ、それはそうなのでしょうね。私も法王聖下から、マティアス陛下の持つ“反言霊”について知らなければ、単なる権力闘争で完結させていた話ですから)
マティアス陛下の持っていた“反言霊”は、本当に強力な力です。
なにしろ、歴代の法王が身に付けていた“言霊”の効力を打ち消す効果があったのですから。
“雲上人”は地上の支配に、“言霊”を利用しています。
教会は地上支配のための出先機関であり、人々に何度も何度も神話やその後の伝説について説く。
創造主たる主神とその代行者たる“雲上人”への信仰や畏怖を植え付け、その畏れを“絶対的な命令権”に変えるのが“言霊”。
法王が一声かければ、それが地上人には何でも通る、それほどの強制力がある。
(現に、『処女喰い』の一件で見せた法王の力は本物。五百名もいたヴォイヤー公爵家の一党を全員、入水自殺させたのですからね)
現場を見ていた私からしても、あれは本当に凄まじい光景でした。
“死”は誰しもが忌避する行為であるはずなのに、それさえ強要してしまったのが法王の力であり、絶対的な権力・権勢の源が“言霊”。
それを無力化されるとなれば、“反言霊”を持つマティアス陛下は、支配者側からすれば悪魔に等しい存在。
陛下の一派を“魔女狩り”の名の下に徹底した粛正を行ったのも、“支配者側の視点”で見れば当然の話です。
(しかし、目の前の少女はそれを知らないのでしょう。生まれた時から塔の中だけが自分の住む世界。父親は時折やって来る“雲上人”からの尋問を受け、母親は小さな娘を必死で庇う。そんな暗い現実だけを見てきたのでしょうから)
暗く閉ざされた世界こそ、目の前の少女にとってのすべて。
何がどうなって“集呪”となり、怪物へと成り果てたのかはまだ分かりませんが、これだけ分かれば取っ掛かりとしては十分です。
(何の事はない。この少女はこの百年の間、“ずっと泣いている”のね。ただ、実際に涙は流さない。そう、王者の娘として“我慢している”んだわ)
矜持、誇り、誉、この小さな体の中には、すでにそれが詰まっている。
なにしろ、“本物の王者”を目にしていたのですからね。
どれほどの責め苦を受けようが決して折れなかった、父マティアスを見ている以上、自分もまたそうあるべきだと考えている。
世界が狭かったからこそ、受け継いだものは“血”以上に濃い“意思”。
体は幼いままであっても、すでに王者としての振る舞いを無意識的に体得していると言えましょう。
(人が人として生きるために必要なもの、それは“誇り”です。誇りを持たぬ人は、獣と何も変わらない。しかし、目の前の少女は化物になりながらも、王の娘としての“矜持”を確たる柱としている!)
人と接する事無く、未開の森を住処としながら、それでもなお誇り高く生きようとしている。
それは“父”という手本を知っているから。
ならば、方法はある。
寄り添い、そして、内にある熱い魂を吐き出させてしまえばよい。
一番に父親の事を尋ねてきたのは、まさに確証を得たいがため。
父が、何も間違っていなかったという娘としての確認。
(しかし、それでは不十分。単にマティアス陛下の世辞を述べれば済むという話ではない。求めているのは、“本当の評価”。私がどう考えているかの、父親への嘘偽りなき評価を求めている!)
相手を称賛し、良い気分にさせるのは容易い。
なにしろ、私は娼婦でありますから、殿方を“その気”にさせるなど手慣れたものです。
客商売を行う者として、その手のお世辞やおべっかなど、ごくごく当たり前なのですから。
しかし、目の前の少女はそれを求めていない。
気分は良くなるでしょうが、お世辞だと分かった瞬間に何もかもが台無しとなる。
そして、それは私にとっての死を意味する。
(父の名誉を重んじるがゆえに、嘘偽りは許さない。例え称賛の声であっても、それは求めるものではない)
お世辞や嘘を述べたら死。
名誉を汚す罵倒でも死。
真実を見抜き、その上で正当な評価を述べなければならない。
これはかなり難しいと言わざるを得ない。
(先程のやり取りもそうだったけど、父親であるマティアス陛下こそ、この小さな暴君の精神の支柱。貶すでもなく、かと言って持ち上げ過ぎず、素直に述べ、それでいて心持ちをくすぐる程度が最適解かしら)
あれやこれやと思考の末に、そう結論付ける。
さあ、方針が決まったからにはいきますよ。
怪物の姿をした“孤独と共にある傷心の少女”、これを癒すのが魔女の役目。
そして、私はありのままの評価を紡ぎ出しました。
「一言で言うなれば、“英雄”でございましょう」
乗るか、反るか、始めましょうか。
私は魔女として、目の前の少女の心へと入り込む。
閉じた世界、そこに閉じこめられた哀れなお姫様を救い出すために。




