9-18 かつて訪問した者の末路
「しかし、意外でしたわ」
「何が?」
「吸血鬼ですから、食事は血肉かと思っていましたから」
話しに聞く吸血鬼ですと、人を襲い、その首筋にかぶり付いて血をすする姿が想像できます。
しかし、目の前の小さな吸血鬼はそうではありません。
私と同じく、パンを頬張り、豆茶を飲んでいましたから。
なんと言いますか、怪物との会食なのに肩透かしを食らった感覚です。
「まあ、血肉はあたしにとっては、定期的に摂取しないといけない“薬”みたいなものよ。それなりに美味しくは感じるけど、何と言うか、毎日食べるようなものではないわ。獲物がかかるのも稀だし」
「しかし、目の前にその獲物がおりますよ?」
「いきなりかぶり付くほど、せっかちじゃないわ。肉には“熟成期間”があるのよ。それに精神負荷をかけた方が、味が濃くなるし」
「美味しくなるのを待っている、という事ですか」
鵞鳥の肥大肝感覚で私の事を見ているそうです。
いやはや、むず痒い事ですね。
早いところ、食べ頃になる前にどうにか檻から抜け出さなくてはなりませんね。
「でもまあ、あなたはちょっと違う。少し話し相手になってもらおうかしら」
「話し相手、ですか」
「あたしの屋敷には、あなたのように外から迷い込む者がいる。それをどうするかは、これまでの行動がそうだったように、色々と試させてもらったわ」
「ほうほう。それで、今まではどのような方がこの屋敷に?」
「色々来たわよ~。あなたのような迷子から、捕吏に追われた犯罪者、偶然辿り着いた狩人とかね。どこで聞き及んだのか、怪物退治とか抜かした腕自慢の騎士なんてのもいたわね~」
はしゃぎながら話す様は、本当に幼子のようです。
とても人の生き血をすする吸血鬼には見えませんね。
それだけに、その落差、緩急が不気味でもありますが。
「中でも傑作だったのは、“雲上人”をボコった時だったわ。今まで数多の“集呪”を始末した祓魔師だったみたいだけど、ぶっ殺してあげたわ~」
「……え、“雲上人”まで血祭りにあげたのですか!?」
「あら、私の父にした仕打ちを思えば、むしろ当然では?」
笑顔で談笑している中にも、声色の中に怒りがにじみ出てきています。
自分の一家を幽閉し、地位と名声を奪い去った相手ですからね。
その怒りは至極当然。
世界の支配者に敢然と立ち向かう姿勢は、流石と言わざるを得ません。
「なかなか傑作だったわよ~。歴戦の祓魔師だったから、それなりに苦労はしたけど、ズタボロにしてやったわ。そして、最後になんて言って死んだと思う? 『悪魔め、悔い改めよ』だって! 笑っちゃうでしょ!」
「……何に対して悔い改めるのか、ちゃんと説明していただかなくては」
「アハハハ! そう、それよね! あなた、分かっているじゃない!」
単純なおべっかです。
目の前の吸血鬼ダキアは、力は大したものですが、どうにも人と接するという点ではまだまだ未熟に感じられます。
せいぜい、“大人のふりをしている背伸びした子供”くらいでしょうか。
そうであるならば、“その気”にさせるのも難しくはないですね。
相手が望む言葉を紡ぎ出し、ご機嫌を取る。
娼婦と言う“接客業”をこなす身としては、当然の技術です。
殺された“雲上人”にはお気の毒ですが、せめて私が殺されないようにするための材料になってくださいね。
「あなた、やっぱり面白いわね~。あたしが出した試験をちゃんと合格しているし、見事なものだわ」
「……それは、“お色直し”の事でしょうか?」
「ええ、そうよ。普通なら、招かれたらすぐに主人の所へ目通りするものだけど、あなたは着替えや湯浴みを行った。主人を待たせるなんて、普通は有り得ない。まして、イローナには『服装には頓着しない』と言い含めておいたのにね」
「その後に、『時間を操れる』ことをお聞きしましたので、時間よりも身だしなみを優先したまでです」
「そうそう。時間を操れるのであれば、多少待たせても問題ない。むしろ、身奇麗にする方がよい。クククッ、そういうさり気ない気付きが命を繋ぐものよ」
「とは言え、“パジャマパーティー”はいくら何でも意外過ぎましたわ」
「ん~、単に堅苦しいやり取りが嫌いなだけよ。“大公女”としてのお役目なら仕方だないけど、たまの来客くらいざっくばらんにやりたかっただけ」
またまた笑顔で拍手。
こういう仕草の時は、本当に可愛らしいお姫様なのですけどね。
「おまけに、父の事を“剛竜公”と呼んだのも、好感度を上げたわね。大抵の人間はラキアート大公マティアスの聞けば、“悪魔公”と恐れるものなのに」
こういう言葉が出てくるあたり、相当に“立場”というものにこだわりがあるようですわね。
しかも、父であるマティアス陛下への思いが強くにじみ出ています。
当然、あの事件への恨みも強いのでしょうね。
ならば、切り出し方は決まったようなもの。
「……以前、“現在”の法王と話す機会に恵まれましてね。あの事件、“ラキアートの動乱”について、人並み以上に詳しかっただけですわ」
ここで相手の興味を引く話題を振る。
あの事件の当事者ですから、より詳しい情報を知っている可能性があります。
しかも、幽閉した側と幽閉された側という別視点。
(興味、好奇心は足取りを軽くする。さあ、寄ってきなさい、お姫様)
気が付けば、笑顔が消えていますね。
余裕ありありな態度から、どう切り出すかを迷っている雰囲気に変わりました。
力ずくのゴリ押しなら勝ち目はありませんが、“話術”ならば私の領域。
怪物相手であっても、引っかけてみせますわよ。
「ダキア様、はっきりとお尋ねしますが、何か私に話したい、聞いて欲しい事があるのでは?」
「……ええ、そうね。あの事件を少なからず知っている人間は特に珍しい。百年の月日が全体像を歪め、しかも生き証人が当事者以外、死に堪えている。だからこそ、率直な話ができるわ」
「お聞かせください、その話を」
「ええ、話すわ。だから、あなたもそれについての感想や意見を言いなさいな」
「……返答次第で、私の身は食卓に並ぶ、というわけですか」
「そうよ。今までそうだったように、あたしは人食いの化物として、人間の魔女を食む事にする」
「それでは心してお聞きしましょう」
さて、これでひとまずは舞台に上がれた。
いきなりのかぶり付きだけは回避。
しかし、ここからが本番ですわね。
何しろ、事件の話を聞き、それについて返さねばならないのですから。
おまけに人食いにまで言及した以上、本当にそうするつもりなのでしょう。
さあ、吸血鬼相手の命がけの問答、始めるとしましょうか!




