9-12 招待の理由
メイドエルフのイローナに導かれ、屋敷の中へと招かれ、廊下を進む。
その行き届いた内装は、あまりの出来栄えに舌を巻くほど。
貴族、富豪の屋敷などは見慣れた私であっても、絶賛せざるを得ないですね。
(見事……。廊下に敷かれた絨毯といい、壁の壁掛け、調度品や照明器具、いずれも腕利きの職人が誂えたであろう品々。綺麗に整えられており、屋敷の雰囲気に調和しています。一級品と呼ぶに値するそれらの設えは、見事としか言いようがないわね)
ただ、気になるのは、全般的に古めかしいという感じで統一されております。
用いられている様式は百年程前の流行りで統一されており、中々に古風な雰囲気を醸していますね。
復古的な様式としては完璧でも、最先端の流行を追っているというわけではありません。
伝統を重んじる貴族の中には、最新の流行よりも、こうした古めの装いを好む傾向がある者もいるため、そこはそれぞれの主人、当主の趣味が透けて見えるのです。
(ここの当主はお嬢様、少女ということだけど、趣味としては古めの感性。やはり、見た目だけが幼いのであって、中身は相当に成熟しているという事でしょうか)
しかも、先程の湯殿は感性としては新しい。
露天風呂、とでも称すればよい程の見た事のない風呂でした。
浴場は室内という常識を破壊し、咲き乱れる庭木の中で入浴を楽しむという、私にはなかった発想には脱帽もの。
古くて新しい。少女でありながら復古的な趣味であり、その古さの中に目新しさを紛れ込ませる。
温故知新、その言葉がそのまま当てはめる事が出来そうな方のようですわね。
(それにまあ、屋敷で働いている面々の多種多様な事! 種族に一切の統一性が見られないし、何と言いますか、手当たり次第に雇っているといった感じですわね)
メイドエルフのイローナに導かれ、屋敷内の廊下を進みますが、その際に出会った家人の多い事、多い事。
門番の小鬼、メイドの森人、庭師の犬頭人、下人の大鬼、これだけでも驚きでしたが、まだまだいます。
人狼族の給仕、地人の大工、豚顔人の調理師、実に多彩な顔ぶれです。
それこそ、“人間”以外は全部いるのではないかと思う程の他種族が、屋敷内に住んでいます。
(そういう意味では、私が“異物”とも言える。人間が踏み込んでいい領域ではないとも感じてしまう。やはりここは“幽世”に属する領域なのね)
私は少し落ち着きなく何度も視線を動かしてそれを観察し、本当におとぎ話の世界に迷い込んだのか疑わしくなって、頬を思い切りつねる始末。
そして、痛みが返って来て、夢でも幻でもない事を再確認。
「お客様、何かございまして?」
イローナは足を止め、くるりと身を翻し、私に尋ねてきました。
やはりと言うか、この屋敷の住人を色々と見てきましたが、この美しさに勝る存在はいませんね。
まあ、外見が尖った耳以外、ほぼ人間ですので、類似しているという点で好感が持てているのかもしれませんが。
「いえいえ、この屋敷の美しさに見惚れていただけですわ。よく差配の行き届いた空間、屋敷の主人の心配りが隅々まで行き渡っているようです。ただ、擦れ違う屋敷の方々が皆、普段お見掛けするような姿ではなかったもので」
「ああ、そういうことにございますか。お嬢様はお優しい方でございますからね。困っている方を見かけると、ついつい手を差し伸べてしまわれるのです」
「なるほど。慈悲深い方なのですね」
そう聞いて、私は安堵、する事はなく、警戒心が上昇。
それは違和感であり、同時に恐怖でもある言い表し得ぬ感覚。
(慈悲深い? ならば、この屋敷にはなぜ、私以外の“人間”がいないのか?)
もし、本当に誰彼構わず、手を差し伸べるのであれば、ここに“人間”がいないのが不自然極まりない。
私のように守り迷ったり、あるいは野垂れ死にしそうになる者もいるはず。
にも拘らず、人間がいない。異種族ばかり。
(そう考えると、理由は二つしか見えてこない。慈悲深いのは嘘っぱちで、助ける者を“選別”しているという事。もしくは、人間を“食料”とみなして、そもそも助けるという感覚がないという話。そのいずれか)
こうして私がメイドに案内されているのも、聖餐の血と肉の役目を負わされているのかもしれない。
いやまあ、“集呪”が行う聖餐ならば、魔宴と呼称した方が正しいでしょうか
しかし、考えたところでもう遅い。招待の理由が分かったところで、すでに進む以外の選択肢はありません。
なにしろ、悪魔の巣窟に足を踏み入れたのであれば、もはや退路は完全に塞がれているのですから。
(あるいは、魔女の性質を見抜き、それゆえに招き入れた、という希望的観測もありますが、さてどうなるか……)
平静を装いつつも、内心では冷や汗を滝のように流しております。
魔女と言えども、怖いものは怖いのですから。
そして、廊下をしばらく進み、少し進んだ先の扉の前でイローナが立ち止まる。
麗しのメイドエルフが三度扉を優しく叩くと、中から声が返ってきました。
「誰かしら?」
「イローナでございます。お客様をお連れいたしました」
「入っていいわ」
中からの声に応じ、イローナは扉を開け、恭しく一礼してから部屋の中へと入っていきます。
私もまた恭しく一礼。
いよいよ始まる対面という名の決戦が始まる。
生きるか死ぬかは、相手の出方次第であり、死出の道を塞ぐのは私の言動にかかっている。
相手のご機嫌を取るなど、それこそ客商売の基本中の基本。
さあ、合戦だと気を引き締めながら、部屋へと歩を進める。




